ティファニー、「辛い時に私を抱きしめてくれたのは音楽と少女時代」
2019年08月05日

K-POPの代表グループ少女時代からソロ歌手として米市場に足を踏み入れたティファニー。江南区のホテルで公演のため韓国入りした彼女に会った。
時差ボケの中、スケジュールを消化しながらも疲れた素振りすら見せず、端正なスーツに金髪をギュッと結んだ姿からは見違えるほど成長した雰囲気すらあった。
ティファニーは「1日が私の誕生日で、5日が少女時代のデビュー日だ。ふと‘また巡り逢えた世界’の初レコーディングの時を思い出した。
あの頃は本当に私にとってプレゼントのような時期。3日にファンの方々とお会いする際は、お祭りムードにしたい」と語った。
ティファニーの高い声にはときめきが感じられる。
彼女は2日、ニューシングル「Magnetic Moon」をリリースし、3日にはYES24ライブホールにて3年ぶりとなる韓国コンサート「OPEN HEARTS EVE」を開催する。
彼女は「今回の公演はみんな心を開いて楽しむお祭りの空間にしたい。
3年前の公演の時とは違い今回は私が作った曲が3分の2を超えるので、もっと胸がいっぱいだ」と期待を語った。
2017年にSMエンターテインメントを去ったティファニーがティファニー・ヨンとして再出発を図ってから1年余り。
彼女は昨年6月の「Over My Skin」を皮切りに今年5月の「Runway」まで計6本のMVを公開し、多忙な日々を送っていた。
「ここ1年は新しく学ぶ時期だった。早く成長したかったし、もっと上手くなりたかった。
努力すればするほど結果がついてくるから‘早送り’ボタンを押したいほどで、疲労も感じなかった」特に少女時代の時のボーカルポジションとは異なるプロデューサーとしての力を発揮し、新たな姿を披露した。
彼女は作詞・作曲はもちろんMVのコンセプトとスタイリングまでコンテンツ創作の全過程をリードした。メンバーたちと一緒にいた時はステージのパフォーマンスが楽しかったとするなら、今は有名アーティストたちと作品を作っていく楽しさにハマっているようだ。
ティファニーは「創作と演出に常に興味があった」とし、少女時代を通じて多くの事を学んだことで可能だったと振り返った。
「少女時代のツアーの際、テヨンとのデュエットパフォーマンスのアイディアを出したところ、そのステージをご覧になったイ・スマン総括プロデューサーがユニット‘テティソ’を結成しなさいと仰った。‘堂々と魅力を発散したい’という意見を出して出来上がった曲が‘Twinkle’。
このような過程があったから歌を作りたかったし、2016年の初ソロアルバムに自作曲‘What Do I Do’を収録した」
今回彼女がプロデュースと作詞に参加した新曲「Magnetic Moon」は、エレクトロニック・サウンドに1970年代のディスコ調が加えられたダンス曲だ。
レディー・ガガ、シーアらと作業したフェルナンド・ガリバイが共同プロデュースしたという。
アメリカで生まれ育った彼女の初決心は15歳での韓国行きだった。
‘BoA先輩のような音楽をやりたかった’彼女は、SMエンターテインメントでの3年間の練習生生活の末にK-POPスターの夢を叶えた。
米市場に本格的に参入しながら、K-POP音楽界での経験とチャンスを更に大事に感じたという。
現地で「ティファニーのサウンドは何?」という質問を受けると、彼女はいつも「K-POPとポップのフュージョン」と答えるという。
「二つのスタイルの最も魅力的な部分を盛り込んだ音楽がティファニーサウンドだったら嬉しい」と語った。
常に笑みを絶やさないが、寂しい瞬間はないのだろうか?オープンな人生を生きる芸能人だからこそ、困難も当然あった。
彼女は昨年12月、父親の債務問題で気苦労もあった。
ティファニーは結局、自身が辛い時に癒してくれて抱きしめてくれた空間は音楽と少女時代だったと振り返る。
個別活動で少女時代の活動は遠のいてしまったが、メンバーの結束力はより強くなり、今月1日ティファニーの誕生日にもメンバーが集まった。メンバー同士のグループトークも活気に溢れているという。
彼女のもう一つの願望は演技だ。彼女はアメリカで演技学校に通いオーディションに挑戦していると語った。
