『タチャ3』、原作と思い切った差別化…「現代の若者の情緒を盛り込んだ」

2019年09月03日

デビュー作『突然変異(原題: 돌연변이)』で魚人間という突然変異を通じて現実社会と人間群像を風刺したクォン・オグァン監督が、今月11日に公開される新作『タチャ ワンアイド・ジャック(原題: 타짜:원 아이드 잭)』で帰ってきた。
2006年のチェ・ドンフン監督の『タチャ イカサマ師(原題: 타짜)』と2014年のカン・ヒョンチョル監督の『タチャ~神の手~(原題: 타짜:신의 손)』に続く3番目のシリーズだ。ホ・ヨンマン作家の原作を題材にしたシリーズ1とシリーズ2は秋夕(チュソク)シーズンに公開され、それぞれ685万人と401万人を動員するほど、人気を博した。それだけにシリーズ3に対する観客の期待も大きくならざるを得ない。前作に対するプレッシャーを抱えながら出発したが、クォン・オグァン監督は彼ならではの個性が盛り込まれた作品を完成させた。
今月2日、鐘路区・三清洞で会ったクォン・オグァン監督は「原作とは異なる現代を盛り込もうとした。若者が感じる敗北主義に対する答えのような映画」と紹介した。
シリーズ3は人生を変えるチャンスのカード「ワンアイド・ジャック」を受けて集まったタチャらの命を懸けた勝負を描く。パク・ジョンミンが伝説のタチャ、チャクグィの息子ド・イルチュル役を演じ、リュ・スンボムは賭博場を設計する人物エック役を演じた。イ・グァンス、イム・ジヨン、クォン・ヘヒョはチームのメンバーとして合流した。チェ・ユファはゲームを揺るがすミステリアスな人物 マドンナ役を、ウ・ヒョンはお金しか知らないムルヨンガム役を、ユン・ジェムンは賭博場の有名技術者イ・サンム役を各々担った。
下記はクォン・オグァン監督の一問一答。
-『タチャ ワンアイド・ジャック』を演出しようと思ったきっかけは?
▲映画『突然変異』の撮影を終えた頃にオファーを受けた。私の前に多くの監督がオファーを受けたが、みんな断ったと聞いた。それくらいプレッシャーが大きいプロジェクトだった。友人ですら私を止めた。たとえ作品が上手く仕上がっても前作との比較を避けられないからだ。それでもぜひやってみたかった。私は「タチャ」シリーズのファンだったし映画の勉強をする際、チェ・ドンフン監督の『タチャ イカサマ師』を観てシーンを分析した。
- 俳優陣も出演に対してプレッシャーを感じたのでは?
▲「タチャ」シリーズと原作のファンが多いだけに、俳優・スタッフの皆がプレッシャーを感じていた。私は10年ほど監督として下積み時代を過ごした。しかし「タチャ」シリーズを制作するチャンスがやって来たのに、準備が出来ていないから出来ないと言ったら、10年後も出来ないと思った。パク・ジョンミンもそのように説得した。成功しようが失敗しようが今、挑戦してこそその次があると話した。そして一緒にやろうと誘った。
-パク・ジョンミンをキャスティングした理由は?
▲演技が上手いというのは言うまでも無い。平凡な受験生の姿とタチャになった際、相反するイメージを上手く表現できる俳優だと思った。後半に進むにつれ、しっかりして大人になった感じが出たら良いなと思った。後半に進むほどセクシーに見えてほしかったし、パク・ジョンミンもそのような点を正確に理解した。(パク・ジョンミンはこの為、体重20kgほど減量した)
- ‘エック’役は初めからリュ・スンボムを考えていたか?
▲リュ・スンボムさんのことが思い浮かべながら、シナリオを書いた。スンボムさんが海外に滞在中だったのでシナリオをメールで送り、意見を交わし「会おう」という連絡を頂いた。当時、スンボムさんはインドネシア・ロンボク島に滞在していたが、私は彼の元へ向かった。行くと裸足に半ズボンを穿いて、笑顔で立っていらっしゃった。お会いするや否やオートバイの乗り方について知っているかと聞かれ、「知っている」と答えるとオートバイを貸してくださり、ついて来いとおっしゃった。そのまま海辺に向かい、日が沈むまで映画の話をして、翌日、出演するという確答を得た。エックは風のように消える人物だ。多くの事情を抱えているが、それを表には出さず抱えていくキャラクター。スモーキーな人物、影のような人物だ。スンボムさんもその点に魅力を感じたとおっしゃっていた。
- 前作のどのような点を継承し、差別化を図ったのか?
▲キャラクターの魅力を引き継ごうとした。賭博世界の悲壮さと「タチャ」の世界観が持つ情緒も継承したかった。ただ原作が作られた時期があまりにも昔なので、現代に通用しにくい感性や情緒があった。だからシリーズ3では現代に連れてきたかった。最近の若者のコンプレックスを描こうと思った。ド・イルチュルが持つ価値観は20代、30代が感じる敗北主義やペシミズムとつながっていると思う。そこに対する答えのような映画だ。「私たちはどうせやっても上手く行かず、はるか遠くにある理想を実現するには一発当てるしかない」と考える人々に「そうではない」と伝えたかった。あなたの隣にいる人、あなたの一日一日から意味や価値を見つけてこそ本当のタチャだということを伝えようとした。劇中の人物が結局、家族の元に帰るのもその為だ。ド・インチュルが暴風のような出来事を経験し、再び日常に戻ること、自分の魂を失う前に日常に戻れるということを見せたかった。(R指定はあるが)実はファミリー映画だ(笑)。
- 漫画の原作とかなり異なるが?
▲原作はオレンジ族(韓国の90年代にいた富裕層の子息たち)がいた時代が背景なので、情緒自体が今と異なる。現代の話を作りたくて、思い切って原作の相当部分を捨てた。マドンナのキャラクターも、原作では男性中心の賭博場が描かれていたから、性的に遥かに対象化されていた。そのような部分を取り除いて、マドンナに関する事情を作りたかった。悲しい悪党として描こうとした。
-今回、花札ではなくカードの話を扱っているが?
▲花札は小さくて隠しやすく、トリック技術も使いやすいがカードは大きさもあり、枚数も多いのでトリック技術を使うのは難しい。だから相手を騙すにはチームで動き、作業する場合が多いそうだ。取材中に会った方は、その世界の究極の技術はまさに「信頼」だとおっしゃった。相手が自分を100%信じるようにすれば目の前でカードを変えても信じるという。信頼を得る為にチームプレイで短くて6ヶ月から数年作業すると言っていた。
-イ・グァンスの露出シーンが話題になっている。
▲イ・グァンスは『突然変異』の時に一緒に仕事をした。彼は私たちが知っている以上に演技が上手で、今後見せるものがまだたくさん残っている俳優だ。しかし、‘見かけ倒し’や‘タレント’というイメージが強い。イ・グァンスが俳優だということを、映画の中の‘カササギ’だという事実を、そのシーンを通じて喚起したかった。
-キャラクターをチャプター別に分けた理由は?
▲多くの人物の叙情を扱っているため、物語を逃さず一段階ずつ移ることができる装置を準備してこそ、楽に観れる気がした。キャラクターの名前をそれぞれの章のタイトルに付けて章ごとに演出スタイルを少しずつ変えていった。例えば、賭博シーンの場合、第1章ではド・イルチュルが何故どん底に落ちたのかを見せる為、カードの札を正確に見せた。一方で最終章では手持ちカメラを使い、大雑把に撮影した。
- 悪党のキャラクターが前作より弱いという評価があるが?
▲ この映画で悪党は悪魔、ムルヨンガム、マドンナの3人。シリーズ1では餓鬼役のキム・ユンソクが一人で演じた。餓鬼役を3人のキャラクターに分散させたからそういった評価が出ているようだ。
- この映画だけの魅力は?
▲ 以前のシリーズを観ていない方々も気軽に観覧できる。セリフや小道具などにシリーズ1とシリーズ2との繋がりもたくさん隠しておいた。前作を観たなら、そのような繋がりを探す楽しみもある。後半でド・イルチュルがいる空間はシリーズ1のチャクグィの空間と同じだ。ド・イルチュルも父親のようになったということを見せたかった。

前の記事 エンタメ情報一覧へ 次の記事