映画『ブラックマネー』のチョン・ジヨン監督 「金融資本主義の実体を伝えようとした」

2019年11月07日

「私たちは、金融資本主義社会に生きているが、実際その事についてはよく知らない。『ブラックマネー』は、その実体を“おもしろく”伝え、共に悩むために作った映画だ」
『南営洞1985 国家暴力、22日間の記録』(2012年)以来、7年ぶりに映画『ブラックマネー』で帰ってきたチョン・ジヨン監督は、新作映画をこのように紹介した。
今月13日に公開されるこの映画は、アメリカ系プライベート・エクティ・ファンドの「ローンスター」が、2003年に外換銀行を買収した後、2012年にそれを売却し、韓国を去ったという事件をスクリーンに移した。当時、ローンスターが外換銀行を経営破綻の金融機関にし、安値で買収し、売却して去ったという「食い逃げ」論争が起きた。映画はこの事件の真実を検事ヤン・ミンヒョク(チョ・ジヌン)の視点から追跡する。
6日、ソウル鍾路区(チョンノグ)三清洞(サムチョンドン)で会ったチョン・ジヨン監督は「大衆と共有することができる映画を作らなければならないと思った」と所信を述べた。
「社会批判的な視点を持って素材を選択はするが、いつも“多くの方々に見てほしい”という思いで映画を作る。私の映画は、おもしろく作って観客を集めることが目的。だから私は、アーティストではない。アーティストは、観客を意識しながら、映画を作ってはいけないからだ。今回の映画も、観客が理解するのが難しければ失敗だと思った」
理解しやすい映画を作るため、チョン監督が選んだ方法は、ヤン・ミンヒョク検事を経済に疎い人物として設定するものだった。
「事件の内幕を掘ってみると、難しい用語が出てくる。すでにその内容を知っている人が主人公になると、観客との疎通は難しいだろうと考えた。それで経済をよく知らない検事を主人公にし、彼が観客と共に観客の立場から事件を暴くようにした」
チョン監督は「難しい経済用語は、字幕を使って解説してみようかとも思ったが、そうすると映画のリアリティが壊れそうで、我慢した」と付け加えた。
『ブラックマネー』は、チョン監督が6年前から準備していた映画だったが、日の目を見るようになるまで、長い年月がかかった。彼は「『南営洞1985 国家暴力、22日間の記録』以降7年間、映画を制作できなかった理由は、過去の政権のブラックリストに私の名前が載っていたからだ」と述べた。
「私がしたい映画ではなく、メロドラマの演出もしてみたが、うまくいかなかった。私がブラックリストに載っていたという事を後で知り、腹が立ったというよりあきれた。私がそんな時代に生きているのだろうか?と思った。生存権を剥奪されたのだから」
チョン監督は「“ローンスター事件”が過去の政権で起こった事件のため、密かに準備し、投資家は(この映画に)投資しないだろうと思った。だから国民ファンディングまで受けたが、時代が変わったのか、投資家が現れた。それで制作に至った」と伝えた。
実話を扱っただけに、映画を観てみると、創作された人物と事件は、実際にどんな人物と事件をモチーフにしたのか気になってくる。チョン監督は「観客が推論して調べる楽しみを与えたい」と笑った。
「私は韓国社会に対する批判的な見方を示したが、観客はそれを様々な形で解釈することができる。映画は一度作られると、観客の物になるからだ。だから私は、映画を決めつけるよりは開いておく。“皆さんはどう思いますか”と」
1982年『霧は女のようにささやく(原題:안개는 여자처럼 속삭인다)』で演出デビューしたチョン監督は、40年以上にわたって映画界に携わった韓国映画の生き証人だ。彼は古希を越えた年齢でもコツコツと作品活動をしている。
「私ができることは映画しかない。講壇にも立ってみたが、やめてしまった。これから何作品かだけを制作して、やめたいとも思っている。観客は、チョン・ジヨンが作る社会性のある告発映画をあまり好んでいないようだ。しかし“チョン・ジヨンが作る社会性のある映画は、それでも面白い”こんな言葉を聞いたら、続けても良いだろうか?(笑)」
来年には、すでにキャスティングまで完了した次回作の撮影に突入する予定だというチョン監督は、ばてることなく映画について悩んでいる。
「私は、芸術家的な姿勢を持つというよりは、私たちがどのように生きていて、どのような時代に生きているのか、それを絶えず点検したい」

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