映画『ソリクン』でスクリーン初挑戦のイ・ボングン…「パンソリとは違い、カタルシスや開放感を感じた」
2020年06月25日

「感情を節制するパンソリ(韓国の伝統的民俗芸能)とは違い、感情をあらわにする演技をしながらカタルシス(抑えていた感情を自由に表現させることによって,心的緊張を解くこと)や開放感を感じた」
パンソリの歌い手、イ・ボングンが映画に初挑戦した。彼のアイデンティティを表現したかのようなタイトルの映画『ソリクン(歌い手/原題:소리꾼)』を通じてだ。
24日午後、三清洞(サムチョンドン)で会ったイ・ボングンは「出来上がった映画を観たら、私の演技の至らなさが見えた」と笑った。
続けて彼は「”もっとうまくできたはずなのに、なぜだろう?“とも思ったが、何事も一度で満足する結果を得ることはできない。むしろ、発展の余地があるので、よかったと思う。今ではパンソリがない演技もやってみたいと思うようになった。私は演技の元手が無いから、失うものがない(笑)」と明るく語った。
映画『ソリクン』は、朝鮮王朝後期を背景にソリクン(歌い手)の“ハッキュ”が、拉致された妻を見つけるため娘と共に朝鮮八道を渡り歩くという内容だ。「沈清歌」と「春香歌」を基にして、主人公が作った話に曲調をつけ歌ったのがパンソリの始まりだという仮説を提示する。主人公が“歌い手”のため、映画に込められた韓国人の思いや、それを伝える俳優のキャスティングが何よりも重要だった。イ・ボングンはオーディションでハッキュ役を勝ち取った。
「オーディションを受けた時、緊張で震えた。演劇の演技は、早くから始めていたので舞台ではあまり緊張しないが、映画の演技をするという事でとても緊張した。オーディション場所で“まず、歌います”と言ったのに、“まず、演技をしてくれますか”と言われたので手が震えた」
そして「舞台の演技とスクリーンの演技は全然違っていた」とし「舞台演技は形式があり、その中で演技するというパターンがあるが、スクリーンの演技はもっと力を抜かなければならなかった」と明かした。
「観客に私の感情がすべて伝わるよう、演じながらカタルシスや開放感を感じた。スクリーンで私の演技を改めて見た時の妙な気分も、面白かった。だから、もっと演技をしたいという気持ちになった。ちょっと単純すぎるかな(笑)」
イ・ボングンは「『ソリクン』は、パンソリがメインになる映画だと聞いて魅力を感じた」と映画との最初の出会いを振り返った。
「よく知っている話だが、新たな視点でアプローチしているという部分が面白かった。パンソリを扱った映画は多いが、パンソリが作られる過程は出てこない。ハッキュが娘を慰めるために“沈清歌”初めて作り出したという内容に惹かれた」
こう語るイ・ボングン自身も、20年以上韓国人の思いを表現してきた歌い手として、主人公ハッキュと似た点がある。
彼は「私の人生映画でもあるし、見方を変えれば贅沢でもある」とし「多くの事を教えてくれる映画でもある」と強調した。
イ・ボングンはこれまで、伝統だけにとらわれず、国楽と他のジャンルを融合させようと絶えず挑戦してきた。
「人は、ご飯だけを食べて生きるわけにはいかない。音楽も同じ。パンソリは、もともと社会性・風刺性が濃い音楽だが、今はその機能がほとんど消えてしまった。パンソリをする者として、最近流行しているジャンルを体得し、パンソリにとかし出す事がとても楽しい」
最近、若い国楽人が注目されながら、国楽の大衆化を図っている現象については「(人々が)若い国楽人に注目してくれて嬉しい」と話した。
「国楽界には、まだ表に出ていない実力のある方が多い。錐(きり)は、どのようにポケットに入れても飛び出してくるように、その方たちもいつかは(世間に)飛び出してくるだろうと信じている」
