映画『オーケー!マダム』 オム・ジョンファ、「アクションをやってみたかった」
2020年08月07日

ソウル・霊泉(ヨンチョン)市場のクァベキ(韓国の揚げパン)の達人であり、生活力に他人と仲良くする能力まで兼ね備えた社長。家では愛らしい妻であり母。しかし、一大決心して家族と初めて出かけた海外旅行で、飛行機が何者かによって拉致されると、隠してきた実力を発揮して、ジャッキー・チェンやミシェール・ヨーを彷彿とさせるアクションを披露する。
映画『オーケー!マダム』で女優のオム・ジョンファが演じたミヨンの話だ。
5年ぶりにスクリーン復帰したオム・ジョンファはアクションとコメディの間でバランスをキープし、ミヨンを表現してみせた。
今月6日午後、ソウル鍾路区(チョンノグ)三清洞(サムチョンドン)で会ったオム・ジョンファは「アクションをやってみたくてこの映画を選んだ」と述べた。
そして「アクションをやってみたくて『チャレンジだ!』と叫びながら始めた。アクションに対する期待があったから。でも私の体にアクションが染み付いていないと話にならないので、プレッシャーも生じた。コメディはわざと笑わせようと努力はしなかった。強引に見えるかもしれないからだ。そうやってバランスを取ろうとしていた」と説明した。
アクション演技に挑戦するため、数か月間アクションスクールで訓練を受けたりもした。
オム・ジョンファは「気持ちが焦っていた。撮影前からアクションスクールに通った。もしこの作品が撮影に入れなくなっても私には筋肉が残るし(笑)上手くアクションを見せたかった。生半可ではなく武術に長けた女性としてご覧いただきたかったから練習する時間が足りなかった」と明かす。
彼女は「踊っているように見えるのが序盤からウイークポイントだった。ずっと拍子を取るようにした」とし、「トントンと床を踏み鳴らす作業が少し難しかった」と付け加えた。
オム・ジョンファが『オーケー!マダム』に惹かれたのには、この作品が、女性が主人公だという点も大きく作用した。
彼女は「女性が主人公のシナリオは本当にない。待ち焦がれていただけに、心が躍ったシナリオだった。タイトルから気に入った。『女性が主人公の映画は男性のものよりヒットしない』という認識があるため、製作自体うまくいかないのが現実だが、話の内容がよくて共感できるならヒットすると思う。皆さんももっと勇気を出してほしい」と述べた。
ミヨンと彼女の愛妻家夫であるソクファンは、“バカップル”というレベルのラブラブな姿を見せる。相性抜群の演技で撮影現場ではアドリブもたくさん出たという。
オム・ジョンファは「(夫役の)パク・ソンウンさんは私をとても楽にしてくれた。アクションの練習を特訓してくれたりもした。私にとっては本当にステキな相手役だった。ラブラブなシーンを撮る時は、2人ともミヨンとソクファンになっていたので気付かなかったが、撮影が終わってから心配になった。『見るに耐えられなかったらどうしよう』と」と笑みを浮かべた。
1993年にデビューし、俳優としても、歌手としても、独歩的なポジションをキープしているオム・ジョンファは、これまで出演してきた映画でも常に主人公だった。『オーロラ姫(原題:오로라 공주)』(2005)、『ダンシング・クィーン』(2012)、『ミス・ワイフ』(2015)と今回の『オーケー!マダム』まで、タイトルからすべてオム・ジョンファを指しているようだ。
彼女は「俳優として幸運だった」と振り返った。
そして「本当にタイトルがすべてそうだ。これまで映画に出演できたことも幸運だった。そうとしか表現できない。映画を公開する度に多くの方が喜んでくださってきたおかげだ。『オム・ジョンファが出る映画はすべて面白い』というコメントが本当にありがたく、力をくれた。映画を長い間やってきて観客たちに信頼を与える俳優になったのではないだろうか」と述べた。
オム・ジョンファは「息が長く、芝居が上手い俳優になりたい」とし、「難しいし、意思があっても上手くいかないことは知っているが努力している」と笑みを浮かべた。
後輩歌手たちの“ロールモデル”として最も多く言及される彼女は、俳優活動に専念すると歌手活動から遠ざかる他の俳優たちとは異なり、音楽を手放すことなく、2017年には10thアルバムをリリースもした。最近は後輩女性ソロ歌手たちとともに行うコラボユニット“払い戻し遠征隊” の結成への可能性も高い関心を集めている。
オム・ジョンファは「俳優として定着すれば歌手活動がプレッシャーになるその時期は、すでに通り越した気がする。しばらく歌手活動をして映画に戻ってきて演技ができた時、本当にうれしかった。それを失わないように、ステージと演技をする時のイメージをお互い離そうとも努力したが、もうそんな時期さえも通り過ぎたような気がする」と述べた。
その一方で「歌手活動は一種の責任感と充足感でやっている」と打ち明けた。
そして「前回のアルバムが出るまで10年かかった。喉の病気(甲状腺がん)もあった。まだ歌を歌うには難しい喉の状態で、そのアルバムが私にとってはベストを尽くしたものだった。それでも私は“歌手オム・ジョンファ”をとても大事にしている。大変な思いをして来て、とても愛されてきたから。なのでステージから降りる瞬間も、責任感がありカッコよく降りる。今も以前と同じように最善を尽くしている」と心情を吐露した。
