歌手としても活躍した故ソン・へさん…共に泣き、笑い、感動をくれた最高のスター

2022年06月09日

毎週日曜日、韓国国民を笑わせ、泣かせた「国民のMC」ソン・ヘさんは、韓国の大衆歌謡でも大きな足跡を残した人だった。
歌謡界によると、ソン・ヘさんは、歌謡コレクションをはじめ、10枚以上のアルバムを出した歌手だという。
北朝鮮の黄海道 (ファンへド)・載寧 (チェリョン)出身の彼は1955年、青空楽劇団に歌手として入団し、芸能活動をスタートさせた。
海州 (ヘジュ)芸術専門学校で声楽を勉強した彼は、30年以上にわたり進行してきた「全国のど自慢」でも、味のある歌声を披露し、歌手に引けを取らない実力を誇った。
ソン・ヘさんは1967年、歌手キム・サンヒさん、故べ・ホさんと共に初めて歌謡アルバムを出したと伝えられている。
「I Don't Like It Because It's Hot」、「The Farmer's Daughter」などの曲が収録されたこのアルバムでソン・ヘさんは、「老独身マンボ (原題:노총각 맘보)、「平壌処女 (原題:피양체네)」の2曲を歌った。
一世を風靡した歌謡を厳選した「ソン・へ印」の歌謡コレクション「ソン・ヘの歌謡散歩 (原題:송해의 가요 산책)」も注目を集めた。
1980年にリリースされたこのアルバムは「片思い (原題:짝사랑)」、「Crossing the Hill of Bakdaljae in Tears」など、普段から彼が好んで歌っていた歌が集められた。
その後も「愛唱歌謡コレクション ソン・へSONG (原題:애창가요 모음집 송해쏭)」、「ソン・ヘ 90歳頃に (原題:송해 아흔즈음에)」など、“ソン・ヘ”という名前がついた歌謡コレクションをいくつかリリースした。
1970年代初頭には、特有の愉快な話術が際立つコメディアルバムを出したりもした。
このように、歌との縁を紡いできたソン・ヘさんは、韓国“最高齢のアルバム”という記録も打ち立て、皆を驚かせた。
2018年には91歳 (数え年)という年齢でアルバム「芸能人 (原題:딴따라)」を発売し、その1年後にシングルアルバム「私の故郷に行くまで (原題:내 고향 갈 때까지)」をリリース。自身が保持していた“最高齢のアルバム”記録を更新した。
この楽曲で彼は「足を伸ばせば届きそうで/叫べば聞こえそうなのに/70年が過ぎても帰れないな」と、足を踏み入れることができない故郷に対する寂しさを歌った。
30年以上にわたり、「全国のど自慢」を進行してきた彼の名がついた歌謡祭もあった。
2017年、ソン・ヘさんは歌手を夢見ているが、厳しい環境や、機会がないせいでデビューできない人が、夢を実現できるよう手助けする「ソン・ヘ歌謡祭」を開催。
彼は当時、記者懇談会で「歌謡百年史の喜びと悲しみを伝えたい。また、多くの歌手が (歌謡祭)イベントを通じて名を知らせ、新たな調和が生まれることを願っている」と歌謡祭の開催理由を明かした。
翌年には「ソン・へ 全国主婦テバク歌謡祭 (原題:송해 전국 주부 대박 가요제)」も開き、全国の主婦を応援した。
MC、コメディアン、歌手として活躍したソン・ヘさんは、韓国の「最高齢単独コンサート」の主人公でもある。
ソン・ヘさんは80代半ばだった2011年、初の単独コンサート「朝顔の人生60年 ソン・ヘ ビッグショー (나팔꽃 인생 60년 송해 빅쇼)」を開き、10曲あまりを熱唱した。 「朝顔の人生」は、ソン・ヘさんが歌った歌のタイトルだ。
当時、彼は「私の歌が下手くそでも、私なりに一生懸命歌う」、「これまで、苦難にあえば歌で解決し、歌を味わいながら生きてきた」と述べていた。
大衆音楽評論家のパク・ソンソ氏は「ソン・ヘさんは、1960年代から様々なアルバムを出してきた」、「歌を歌う時も、聴く人の心をなだめ、多くの人々の慰めになった」と話した。
パク氏は「“国民のMC”ソン・ヘさんと一緒に舞台に立っていない歌手は、ほとんどないだろう」、「長い間、国民と一緒に泣き、笑い、感動をくれた最高のスター」だと追悼した。

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