歌手故ヒョンミさんの葬儀に歌謡界からも弔問客殺到
2023年04月10日

今月4日に死去した歌手ヒョンミ(本名:キム・ミョンソン)さんの祭壇が設けられたソウル中央大学病院の葬儀式場には、7日午前から歌謡界の後輩歌手たちが弔問に訪れた。
遺影の中のヒョンミさんは、この60年間で舞台に立ち、見せてきた明るい笑顔のままだった。
祭壇にはユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領をはじめ、「国民の力」のキム・ギヒョン(金起炫)代表、歌手イ・ミジャ、チョン・スラ、ナム・ジン、テ・ジナ、チャン・ユンジョン、パク・サンミン、ソン・ガイン、大韓卓球協会のユ・スンミン会長など各界の弔花がぎっしりと並べられた。
同日、歌手のペ・イルホと共に真っ先に祭壇を訪れたヒョンスクは、「(ヒョンミさんは)われわれの歌手たちの支えで、いつも頼りになる方だった」とし、「一緒に番組を収録したのが昨日のことのようだ。今も大きな響きのある素敵な声が、私の耳に聞こえてくるようだ。長生きしてくださると思っていたのに、とても悲しくて残念だ。天国でも多くの方の力になる歌を歌ってほしい」と哀悼した。
チョン・フニも午前早くに祭壇を訪れ、遺族を労わった。
弔問に来たハ・チュナは、悲しみのあまり言葉を続けることができなかった。
彼女は「(ヒョンミさんは)私を“チュナ”と呼んでくれた唯一の先輩だ」と振り返った。
それとともに「韓国の歌謡界を頼もしく守ってくださった1人が、旅立ち、心がとても寂しい。この場を誰が埋めなければならないのかという思いになる」とし、「天国でも、元気に歌を歌っていたそのままの姿でいらっしゃることを願う」と述べた。
ソル・ウンド、チャン・ミファ、キム・フングク、ジン・ソン、ペ・インスン、ヘ・ウニ、チャン・ミンホ、イ・チャンウォンなど後輩歌手たちも相次ぎ祭壇を訪れ、故人の志をたたえた。
ソル・ウンドは「これまでお姉さん(ヒョンミさん)が残した珠玉のようなヒット曲は、永遠にわれわれの胸の中に残っているだろう」と述べ、キム・フングクは「日頃、私を実の弟のようにかわいがってくださり、歌謡界の“大先輩”というよりは、実の姉や母のようだった」と振り返った。
故人とともに1860年代の歌謡界を代表していた歌手ナム・イルヘはヒョンミさんの代表曲の中の1曲「わが愛よ(原題:내 사랑아)」の一小節を歌い、涙ぐんだ。
満州生まれでヒョンミさんと同じく北朝鮮で幼少時代を送り、失郷民のつらさを共有したジョニー・リーも午後祭壇を訪れ、追悼した。
葬儀は同日から11日まで、大韓歌手協会葬として5日間執り行われる。葬儀委員長は、後輩歌手のソ・スナムが務めた。
ソ・スナムは「ヒョンミ姉さんとは実の姉弟のように過ごした」とし、「亡くなったという便りを聞き、とても驚き、私の家族を失ったような悲しみを感じた。(ヒョンミさんは)舞台でもいつも自然で、どこへ行っても注目される立派な歌手だった。こんなに大きな星が散った」と悲しんだ。
ヒョンミさんの姪で歌手のノ・サヨンと甥の俳優ハン・サンジンも祭壇を訪れた。ハン・サンジンは故人の長男イ・ヨンゴンさんと抱擁し、悲しみを分かち合った。
同日午後、祭壇を訪れたノ・サヨンは「叔母(ヒョンミさん)は、最も素晴らしく立派な大きな星だった」とし、「私が歌手を夢見るようになったのも、叔母が本当にステキだったから」と哀悼した。
彼女は「大衆たちが歌手ヒョンミを永遠に忘れず、心に深くとどめてくださり、時々歌を聴きながら、『ヒョンミさんが元気に素晴らしい歌をたくさん歌ってくれて、本当にうれしかった』と記憶してくださればありがたい」と述べた。
長男のイ・ヨンゴンさんは取材陣に「家の外では大韓民国の大衆歌手ヒョンミだったが、家に帰るとその瞬間から2人の息子の母親だった」とし、「最近も、『車に気を付けろ』とか『健康でなくちゃ』と言うような平凡な母親だった」と述べた。
それとともに「子どもが2人もいて、友人も多いのに、1人で黙って行くなんて」とし、「『母さん、愛してる』。この言葉しか言えない」と泣いた。
イさんは、「葬儀を執り行った後、故人は息子たちが暮らすアメリカに連れていく予定だ」と述べた。
告別式は11日午前10時から行われる。大韓歌手協会のイ・ジャヨン会長が弔辞を朗読し、歌手のパク・サンミンとALIが追悼の辞を読む。
