事実でないことを事実だとは言えない人の心について考えさせる映画『フクロウ』
2023年06月15日

※この記事はネタバレを含みます。
主人公“ギョンス”は、夜だけ目が見える鍼術師だ。暗闇でのみ、かすかに物を識別することができる疾患「昼盲症」のせいだ。宮廷内の医院で働くギョンスにとって、この疾患はメリットだ。王の寵愛を受ける後宮も、彼の前では気兼ねなく服を脱ぎ、診療を求めることができる。どうせ見えないと思うからだ。聞いても聞こえないふり、見えても見えないふりをしなければならない権力の場所で、ギョンスは秘密を胸に抱いたまま快進撃を続ける。一刻も早くお金稼いで帰るという弟との約束も、すぐに果たせそうだ。ある夜に起きた本当に見てはいけない出来事を見るまでは…。
昨年に公開され、累積観客数300万人を超える興行成績を出した映画『フクロウ(原題:올빼미)』は、朝鮮王朝の16代目王・仁祖(インジョ)が、息子昭顕(ソヒョン)世子の死に関わっているという昭顕世子毒殺説を基に作られた。死亡当時「全身が黒色」で、「耳目口鼻の7つの穴から鮮血が流れていた」という二十歳の昭顕世子。まるで薬物中毒で亡くなった人のようだったと描写している実録は、当時はもちろん、今まで数多くの陰謀論と創作物の対象となった。
その分、身近で何度も触れられてきた素材だが、監督は唯一の目撃者が“盲人”だという設定とスピード感のある展開で劇の緊張を保つ。世子の毒殺は、物語のきっかけであるだけで、様々な事件が相次いで起きるため、観客を飽きさせることなく、映画の世界観に引き込む。
息子に対する最低限の父性を残しながらも、清が抱いた屈辱を忘れられず、不信と息子に翻弄される人物像を表現するユ・ヘジンの神がかった演技と、これに押されることのないリュ・ジュンヨルの演技も映画をより豊かに彩る。
映画の中のギョンスは、完璧な善人ではない。 家に残された弟に対する善意の嘘だけでなく、彼の命を守るためなら手段をいとわない。“真実を明らかにしてくれ”という懇願に対して、「盲人が“目撃した”と言ったところで誰が信じるのか」、「身分の低い自分が口を割ったところで何か変わるのか」と問い返したりもする。しかし、2度ある決定的な瞬間で、ギョンスは心変わりする。他人の不幸を共になげく心が、最初の選択を導いたとするなら、最後の瞬間の決断は何のゆえだったのだろうか。
これ以上、失うものなどないという現実的な判断もあるかもしれないが、監督の演出は、他の答えを見せる。作品の中に散りばめられた権力と真実に関する象徴以外にも、見たのに見ていないふりをすることができない人、事実でないことを事実だと言えない人の心について考えさせる映画だ。
