歌手チャン・ピルスン、小劇場公演開催へ…「蒸し暑い夏のアイスアメリカーノのような癒しを届ける」
2023年07月21日

「蒸し暑い夏、“アイスアメリカーノ”一杯の癒しのような時間を差し上げます」
シンガーソングライターのチャン・ピルスンは最近、インタビューで来月ソウルの小劇場コンサート「済州(チェジュ)の夏」について、「暑い風が吹いても気分はいい済州の夏を感じることができるだろう」とし、このように述べた。
彼女は「済州の夏といえば、赤みがかかった夕焼けが沈む元で、座ってお茶を飲みながら一日を振り返る私の姿が思い浮かぶ」と述べた。
チャン・ピルスンが来月12日、ソウル・弘大(ホンデ)のスペースブリックで開くこの公演は、ソウルで開く単独コンサートとしては、2018年の8thアルバム発売記念公演以降、5年ぶり。
チャン・ピルスンはこの場で親しい後輩であるギタリストのペ・ヨンギョンとキーボーディストのイ・ギョンとタッグを組み、「いつの間にか(原題:어느새)」、「私の寂しさがあなたを呼ぶとき(原題:나의 외로움이 널 부를 때)」、「スミレ(原題:제비꽃)」などの代表曲を披露する計画。普段あまり歌わなかった楽曲も選曲する。
彼女は「ロックも好きで、聞く音楽はさまざまだが、今回の公演は静的な感じが強いだろう」とほのめかした。
チャン・ピルスンは2005年7月に済州島に拠点を移して以来、今年で18年が経った。今回の公演名も当然、彼女の済州暮らしから取ったものだ。
今でこそ済州に暮らす有名人も多くなったが、済州暮らしの序盤はロマンと距離が遠かったと述べた。2017年に亡くなった夫の兄であるミュージシャンのチョ・ドンジンの言葉を借りれば、“厳しい天気に24時間除湿器をつけて暮らさなければならない”場所だった。
「(チョ)ドンジン兄さんはそれでも済州で暮らすのが幸せだったそうだ。済州で音楽をする時は、誰も横で口を挟まない。私もそうだ」
チャン・ピルスンは「毎日“ドンイク先輩”(夫の作曲家チョ・ドンイク)と熱心に音楽作業をしている」とし、「アルバムをいつ頃出そうと決めて準備するのではなく、毎日習作のように作ってみること。みすぼらしい家だが、部屋ひとつを空けておいて、2人が座って“ドキドキ”する平和を享受している」と日常を紹介した。
また、「今後やりたい音楽が今までやってきたことより多い」とし、「24時間音楽を聞いて作っても、何とも言う人がいない。まさに音楽が一生の天職」と淡々と語った。
済州で聞く“音楽”はただ人が作った音に留まらない。鳩の鳴き声、町内の犬たちが夜にほえる声さえ耳にうるさくなく届けば幸せだと述べた。これと相まって年を取るうちに口数はむしろ減ったという。
チャン・ピルスンは「済州で捨て犬関連の仕事をする弟たちに会う時、私はあまり話さない。それでみんな最初は気まずそうにする」としながらも、「会ってコーヒー一杯も飲んでいるうちにだんだんその沈黙を気楽にさせる」と強調した。
さらに「“沈黙の楽な時間”が一度作られれば音楽も静的なことが気楽だと感じられる」とし、「ロックもやってみたし、ジャズもとてもいいが、今は静的な音楽にハマっている。このような音楽に没入していると、自分が志向しようとする姿が見える」と付け加えた。
説明を聞いてみると、彼女がコンサートで描写する「済州の夏」が浮かんできた。騒々しくはなく穏やかな癒しの時間のようだった。
「私の歌う声を聞いて涙を拭う方が多い。私の声と音楽の色で癒されていると思った。1時間半あるいは2時間、外の世界のことは忘れて、穏やかな平和の中に浸っていく時間を差し上げたい」
チャン・ピルスンは1982年に大学連合音楽サークル「太陽の村」として音楽を始め、女性デュエット「ソリドゥウル」とソロデビューなどを経て、40年以上音楽活動をしてきた。フォーク、モダンロック、アンビエント(電子音楽の一種)、ジャズなど変化にとんだ済州の天気と同じぐらい音楽の幅も広かった。
「40年あまりという歳月に、もちろん実感はわかない。音楽をやりながら慎重に踏み出した一歩が大変だったが、それなりにやりがいのある道を歩んできたと思う」
シンガーソングライターのチャン・ピルスンは最近、インタビューで来月ソウルの小劇場コンサート「済州(チェジュ)の夏」について、「暑い風が吹いても気分はいい済州の夏を感じることができるだろう」とし、このように述べた。
彼女は「済州の夏といえば、赤みがかかった夕焼けが沈む元で、座ってお茶を飲みながら一日を振り返る私の姿が思い浮かぶ」と述べた。
チャン・ピルスンが来月12日、ソウル・弘大(ホンデ)のスペースブリックで開くこの公演は、ソウルで開く単独コンサートとしては、2018年の8thアルバム発売記念公演以降、5年ぶり。
チャン・ピルスンはこの場で親しい後輩であるギタリストのペ・ヨンギョンとキーボーディストのイ・ギョンとタッグを組み、「いつの間にか(原題:어느새)」、「私の寂しさがあなたを呼ぶとき(原題:나의 외로움이 널 부를 때)」、「スミレ(原題:제비꽃)」などの代表曲を披露する計画。普段あまり歌わなかった楽曲も選曲する。
彼女は「ロックも好きで、聞く音楽はさまざまだが、今回の公演は静的な感じが強いだろう」とほのめかした。
チャン・ピルスンは2005年7月に済州島に拠点を移して以来、今年で18年が経った。今回の公演名も当然、彼女の済州暮らしから取ったものだ。
今でこそ済州に暮らす有名人も多くなったが、済州暮らしの序盤はロマンと距離が遠かったと述べた。2017年に亡くなった夫の兄であるミュージシャンのチョ・ドンジンの言葉を借りれば、“厳しい天気に24時間除湿器をつけて暮らさなければならない”場所だった。
「(チョ)ドンジン兄さんはそれでも済州で暮らすのが幸せだったそうだ。済州で音楽をする時は、誰も横で口を挟まない。私もそうだ」
チャン・ピルスンは「毎日“ドンイク先輩”(夫の作曲家チョ・ドンイク)と熱心に音楽作業をしている」とし、「アルバムをいつ頃出そうと決めて準備するのではなく、毎日習作のように作ってみること。みすぼらしい家だが、部屋ひとつを空けておいて、2人が座って“ドキドキ”する平和を享受している」と日常を紹介した。
また、「今後やりたい音楽が今までやってきたことより多い」とし、「24時間音楽を聞いて作っても、何とも言う人がいない。まさに音楽が一生の天職」と淡々と語った。
済州で聞く“音楽”はただ人が作った音に留まらない。鳩の鳴き声、町内の犬たちが夜にほえる声さえ耳にうるさくなく届けば幸せだと述べた。これと相まって年を取るうちに口数はむしろ減ったという。
チャン・ピルスンは「済州で捨て犬関連の仕事をする弟たちに会う時、私はあまり話さない。それでみんな最初は気まずそうにする」としながらも、「会ってコーヒー一杯も飲んでいるうちにだんだんその沈黙を気楽にさせる」と強調した。
さらに「“沈黙の楽な時間”が一度作られれば音楽も静的なことが気楽だと感じられる」とし、「ロックもやってみたし、ジャズもとてもいいが、今は静的な音楽にハマっている。このような音楽に没入していると、自分が志向しようとする姿が見える」と付け加えた。
説明を聞いてみると、彼女がコンサートで描写する「済州の夏」が浮かんできた。騒々しくはなく穏やかな癒しの時間のようだった。
「私の歌う声を聞いて涙を拭う方が多い。私の声と音楽の色で癒されていると思った。1時間半あるいは2時間、外の世界のことは忘れて、穏やかな平和の中に浸っていく時間を差し上げたい」
チャン・ピルスンは1982年に大学連合音楽サークル「太陽の村」として音楽を始め、女性デュエット「ソリドゥウル」とソロデビューなどを経て、40年以上音楽活動をしてきた。フォーク、モダンロック、アンビエント(電子音楽の一種)、ジャズなど変化にとんだ済州の天気と同じぐらい音楽の幅も広かった。
「40年あまりという歳月に、もちろん実感はわかない。音楽をやりながら慎重に踏み出した一歩が大変だったが、それなりにやりがいのある道を歩んできたと思う」
