チャン・ハンジュン&ソン・ウニ、「はな垂れだった私たちが映画を撮った」

2023年10月26日

「大学生の時、ウニを見て“あいつはこれからどうするんだろう?”と思っていた」(チャン・ハンジュン)

「私も同じ。“ハンジュンさんは何をしようとしているんだろう”と 心配していた」(ソン・ウニ)

映画監督チャン・ハンジュンと放送作家ソン・ウニは32年来の仲だ。ソウル芸大の演劇科で学籍番号89番の復学生と学籍番号91番の在学生として出会い、今まで縁が続いている。

数年間、様々な番組でタッグを組んできた2人は、25日公開された映画『オープン・サ・ドア(原題:오픈 더 도어)』を通じて初めて監督と制作者として協業した。チャン監督が演出を、ソン・ウニが代表を務めるコンテンツ会コンテンツラボVIVOが制作を担った。

この日、麻浦(マポ)区にあるコンテンツラボVIVOのオフィスで会った2人は、「2人ともちゃんとした職業につき、共に映画を作業したということは人生において意味深い出来事だ」と話した。

「アウトサイダーのように図書館で文を書き、本を読んでいたハンジュンさんが映画監督という夢をかなえ、難しいと言われる映画界で愛される人になった。私もやはり30年間、放送に携わってきて今のポストがある。昨年、釜山国際映画祭に一緒に行った時、ハンジュンさんが “はな垂れだったソン・ウニと一緒に映画を作った”と言ったが、その言葉が本当に現実のこととして迫ってきた」 (ソン・ウニ)

30年を超える歳月を友人として過ごすことも容易ではないが、一緒に働くということはより難しいことのように感じる。2人の秘訣は何か。

チャン監督は「ソン・ウニが何も変わらないから」と話した。大学生の時や有名放送作家になった後、一つの会社の代表となった今も、いつも変わらない信頼があったということだ。

「人生では多くの人に会うのに、その縁が今でも続くというのは簡単ではない。まして家族でも。私たちの場合の動力は、お互いが変わらないということだ。絶えず友情を育んでいけた。仕事をしながらでもそう。私もウニも、どんな環境でもいつも同じだ」

ソン・ウニは「小さな幸せを逃さないという価値観も同じだ」とし「2人とも、焼酎で一杯やったりチゲを食べたりすることを幸せだと思うタイプだ」と笑った。

ソン・ウニが『オープン・ザ・ドア』で映画制作に挑戦した理由の一つも、チャン監督に対する信頼だ。

彼女は「他の人との映画作業は想像できなかったが、チャン監督とは想像できたし、現場で大声を出さない自分がいた」と述べた。

2015年、ソン・ウニが設立したコンテンツラボVIVOはポッドキャストやバラエティ番組、YouTubeコンテンツなどを作っているが、映画を制作するのは今回が初めてだ。

ソン・ウニは「夢を一つなし遂げたようだ」とし「初の映画で恥ずかしくない作品を出せて満足だ」と話した。

彼女は20代の頃、鍾路(チョンノ)一帯の劇場を回って「映画観覧ツアー」をするほど、映画が好きだったという。会社設立後は、いい話さえあればいつか映画制作もしてみたいと思っていた。

そうした矢先にチャン監督が書いた『オープン・ザ・ドア』の短編シナリオと出会い、これを映画で制作することになった。チャン監督は、「思いがけない幸運だ」と思いながら、長編シナリオに広げた。

この映画は、アメリカ・ニュージャージー州にある韓国人のクリーニング屋で発生した殺人事件をモチーフにした。一般的なスリラー映画とは異なり、犯人が誰なのかを先に知らせてから、この家族が何のゆえに悲劇を迎えたのかを遡って見せる。

チャン監督は「実際の事件に触れた時、彼らがなぜこのように破滅することになったのだろうかと気になった」とし、「年を取り、私たちがどのように生きるべきか、欲望をいかにコントロールするかについてたくさん考えるようになった」と打ち明けた。

「完全にストーリーや人物に集中し、ヒットに対するプレッシャーを捨てた。商業的な映画の枠であれば、結局“犯人は誰か”ということで終わる。でも私は“なぜ”に集中した。逆順の構成は、同世代の人々が持つ欲望を理解するのに必要だと思った」

ソン・ウニもやはり、「なぜこの家族が、このようになってまでも、こんな選択をしたのかという部分を見ながら、たくさんのことを考える自分を発見した」とし、「考えるきっかけを与えてくれるという点で『オープン・ザ・ドア』は映画が持つ目的と合っている作品だ」と評価した。

しかし初挑戦であるぶん、映画制作の過程は容易ではなかった。短期間でランニングタイム1時間を超える分量の撮影を調整しなければならなかったし、慣れない環境であるため、ある時は「ご飯を食べに行きましょう」と誘うことさえ、ためらってしまったという。

ソン・ウニは、「会社に出勤するかのように撮影現場を訪れた」とし「ある時は監督の車を代わりに運転したりもした」と笑った。

「この映画を通じて確かに分かったことは、映画は監督が作る芸術だということ。制作者は現場で起こる大小の問題を解決する人だと思う。人の指示をよく聞いて、次は何をするべきか、方向性を提示する役割だ。いずれにしろ制作者として損益分岐点を越えてほしいという気持ちで、毎日スコアを確認している(笑)」

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