10周年を迎えたラッパーDinDin、「覇気だけが満ちていた子ども、これからは本当にいい大人になる」
2023年11月10日

「僕はバラエティーにも出ているので、前は『なぜ僕の音楽を分かってくれないのか』と大衆のせいにしていた。でも実は、大衆が知らなくて当然の行動をしていた(笑)」
2013年、ヒップホップ競演番組の7位となり歌謡界にデビューしたラッパーのDinDinは、この10年間、音楽よりは特有の話術が際立つテレビのバラエティー番組で名を広めた。
数年前、ミュージシャンとタレントの間で悩んでいた彼にヤン・セヒョンは、「僕たちは本業がある人。僕は公開コメディー、君は音楽を諦めたらダメだ」と言葉をかけた。
自分でも分からない欠乏と空虚さに苦しんでいたDinDin.はこの言葉を聞いて、はっと気が付いたという。「そうだ。僕は歌手だ。他の人が頑張っているときに、僕は音楽をしなかったのだ」
その後DinDinは、2019年からいくら忙しくても毎年新曲を欠かさずリリースしている。2017年から2019年までの楽曲が、“名分維持用”だったとするなら、その後は真剣に音楽と向き合ったという。
7日にデビュー10周年を迎え、ソウル・麻浦(マポ)区の所属事務所のオフィスで会ったDinDinは、「僕の音楽を好きな人が増えているが、これを育てていくのが目標だ」と述べた。
彼は「ラジオや番組では愚痴を吐けないが、歌詞だったら書ける」とし、「だから音楽をするときは楽しくて気楽だ。音楽は僕の日記帳のようだ」と付け加えた。
「1泊2日」のようなテレビバラエティー番組では、限りなく愉快な彼だが、この10年と音楽に対する話を解くときは真剣な姿を見せた。
彼は「これから10年後は、成熟した大人になりたい。本当によい人になりたい」とし、「大人とは心理的、情緒的に揺るがず堅固な人だ」と述べた。
ではこの10年は、彼にとってどんな時間だったのだろうか。DinDinは「覇気しかなかった子ども」と自身を振り返った。
DinDinは「僕が出る昔の番組を見られない」とし、「見るたびに『なぜ僕を、誰も止めなかったのか』と思うほど。おそらく製作スタッフも、僕がこのように長く続くとは思わなかったのではないかと思う」と笑った。
また「これまで僕はいつも楽しんでいた。『今日はどれだけ(放送が)上手で褒められるか』という考えを持って、仕事に行った」とし、「人生ではいつもそのような(浮かれた)時期があるようだ」と述べた。
彼は人生の黒歴史として、音楽競演番組の出演時を挙げ、「それは僕の葬式でも流せない」と述べた。最も栄光の瞬間には、先週のバラエティー番組への出演時を挙げ、「僕がみてもベテランの風格が感じられた」と愉快に笑った。
DinDinは昨年、「1泊2日」でKBS芸能大賞の最優秀賞を受賞したことについて、「人を大笑いさせる人が受賞しなければならない賞だと思っていたが、自分が受賞して涙が出た」とし、「大賞は受賞しないようにしよう…もちろんもらえないけど…」と冗談も言った。
“大人になりたい”というDinDinの願いはもしかしたら彼の音楽にすでに溶け込んでいるのかもしれない。10年前に荒々しく尖っていた音楽競演番組の時とは異なり、最近彼が発売した音楽は感性的で余裕がある。ラップだけでなく、ボーカル(歌)の比重も増えた。
DinDinは「今やラップは僕にとって、楽器の要素のひとつだ」とし、「最近、発声とラップの勉強を再びしている。LYnさん、ユン・ジョンシンさん、ハ・ドンギュンさんが、僕に歌が上手だと言ってくれた」と述べた。
彼は18日にソウル・誠信(ソンシン)女子大学雲庭(ウンジョン)グリーンキャンパス大講堂でデビュー10周年を祝う単独コンサートも開く。この場で若いころに発売した「Pour」という楽曲も編曲して、久しぶりに歌うと明かした。
“2杯目の焼酎にビールを混ぜて/マッコリここから/三千里までグラスを折って”という歌詞は、相変わらず照れくさいが、かなり大人っぽく編曲したメロディーに期待してほしいという。公演のために新しく編曲した歌の雰囲気は、まるで10年目を迎えたDinDinの変化のようだった。
「歌を聴いてみると20代のDinDinと30代のDinDinの変化がぐっと感じられた。以前は弘大(ホンデ)のクラブのような雰囲気だったとすれば、今はウイスキーバーやジャズバーに流れてきてもよさそうなムードに変えた(笑)」
