『鷺梁:死の海』に出演のキム・ユンソク、「イ・スンシン将軍の遺言を僕が言うなんて」
2023年12月21日

「『鷺梁(ノリャン)』は、“真の新しいスタートのためには正しい終わりが必要だ”ということを示す映画だ。観客に、これだけは忘れてほしくない」
キム・ハンミン監督の映画『鷺梁(ノリャン):死の海(原題:노량: 죽음의 바다)』(以下、『鷺梁』)でイ・スンシン(李舜臣)将軍を演じた俳優キム・ユンソクは20日、ソウル鍾路(チョンノ)区のカフェで行われたインタビューでこのように述べた。
この映画は、1598年冬にイ・スンシン将軍が明の水軍との連合艦隊で倭軍と戦った露梁海戦を描いた。劇中、イ・スンシン将軍は、倭軍に退路を開こうという明の水軍長チンリン(陳璘)(チョン・ジェヨン)に「絶対にこのように戦争を終わらせてはならない」と一喝し、最後まで敵を追う。
キム・ユンソクは「7年間続いた戦争をどのように終結させるのか、イ・スンシン将軍はどれだけ悩んだことだろう」と話した。
「この戦争でなんと400万人が亡くなった。戦いで亡くなった人、飢えで亡くなった人、寒さで亡くなった人、伝染病で亡くなった人…それでも明から “このくらいでいい”とか“やめよう”と言われれば終わりにしなければならない。しかし、将軍は、敵は必ず戻ってくると見て決断を下した。本当に超人的な精神力を持った方だということを改めて悟った。
『鷺梁』でのイ・スンシン将軍は、キム監督のイ・スンシン3部作のパート1『バトル・オーシャン 海上決戦』(2014)やパート2『ハンサン -龍の出現-』 (2022)より寂しく見える。旗下をほとんど失い、末っ子の息子まで世を去ったからだ。しかし、イ・スンシン将軍は決して感情を表わさずに兵士たちを指揮し、「英雄らしい」死を迎える。
「果たして将軍はその時どういう気持ちだったのか」を想像して彼の最後を演じたというキム・ユンソクは、「最も激しい戦闘の状況で、できるだけ味方の邪魔にならないように最後の言葉を残したはずだ」と話した。
「映画『1987、ある闘いの真実』でパク処長役を担い“机をタッと叩いたらオッと叫んで死ぬとは”というセリフを言った時に、“このセリフを僕が言うことになるのか”と思った。『鷺梁』でも同じ心情になった。“イ・スンシン将軍のこの遺言を僕が言うなんて”と」
戦場の真ん中で独り息絶えるイ・スンシン将軍の姿は、涙を誘う。
キム・ユンソクもやはり、似た感情を覚えたとしながらも一方で「やっと休まれるんだな」という思いさえ湧いたとした。
「400年余り前に将軍として生きた53歳の人間の死が、迫ってきた。それが観客たちにも共感を与えられるのではないかと思う。偉大な将軍の偉大な死だが、“その方も人間なんだ”という気がした」
キム・ユンソクはもし、イ・スンシン3部作の一つをすることになるなら、露梁海戦を背景にした作品をしたかったという。ついにキム監督が『鷺梁』のシナリオをキム・ユンソクに送り、彼の願いは現実となった。
キム・ユンソクは、「プレッシャーもとてもあったが、好奇心も湧いた」とし「朝鮮、倭軍、明が絡んだ関係など、ドラマ性があった」と、シナリオを初めて読んだ当時を振り返った。
「『バトル・オーシャン 海上決戦』や『ハンサン -龍の出現-』 でチェ・ミンシクさんとパク・ヘイルさんが見事に配役をこなしていたということもあるが、まずはイ・スンシン将軍を演じること自体が最大のプレッシャーだった。全てを置いて祈る思いだった(笑)。2人の俳優と気持ちを一つにしてこの役に没頭するしかなかった」
肉体的な苦痛も、尋常ではなかったと彼は明かした。 鎧と兜、刀などが付いた20キロをはるかに超える衣装を着用してアクションシーンを撮影していたら、鼻血が出て止まらないことがあったという。 医師からは「今日は絶対に鎧を着てはいけない」と言われた。
キム・ユンソクは、『バトル・オーシャン 海上決戦』(1761万人余り)が、歴代の韓国映画最多観客数を記録し、パンデミックの余波が残る時に公開された『ハンサン -龍の出現-』 (726万人余り)も人気だっただけにヒットに対する重圧感もあると述べた。
しかし最近、キム・ソンス監督の『ソウルの春(原題:서울의 봄) 』 がヒットしているのを見て、「やはりいい映画には観客が集まる」という確信が生まれたと強調した。
「よく作られた映画を観客が見逃すはずがないということを直接見て、とても快感だった。韓国映画がもっと観客に愛されなければならない時期であるため、さらにそう感じた。『露梁』が『ソウルの春』のバトンを受け継いで年末まで勢いを続けていくことができれば、これ以上望むことはない。また、別の韓国映画が年初にそれを受け継ぐなら、韓国コンテンツが生き残るのではないかと期待している」
キム・ハンミン監督の映画『鷺梁(ノリャン):死の海(原題:노량: 죽음의 바다)』(以下、『鷺梁』)でイ・スンシン(李舜臣)将軍を演じた俳優キム・ユンソクは20日、ソウル鍾路(チョンノ)区のカフェで行われたインタビューでこのように述べた。
この映画は、1598年冬にイ・スンシン将軍が明の水軍との連合艦隊で倭軍と戦った露梁海戦を描いた。劇中、イ・スンシン将軍は、倭軍に退路を開こうという明の水軍長チンリン(陳璘)(チョン・ジェヨン)に「絶対にこのように戦争を終わらせてはならない」と一喝し、最後まで敵を追う。
キム・ユンソクは「7年間続いた戦争をどのように終結させるのか、イ・スンシン将軍はどれだけ悩んだことだろう」と話した。
「この戦争でなんと400万人が亡くなった。戦いで亡くなった人、飢えで亡くなった人、寒さで亡くなった人、伝染病で亡くなった人…それでも明から “このくらいでいい”とか“やめよう”と言われれば終わりにしなければならない。しかし、将軍は、敵は必ず戻ってくると見て決断を下した。本当に超人的な精神力を持った方だということを改めて悟った。
『鷺梁』でのイ・スンシン将軍は、キム監督のイ・スンシン3部作のパート1『バトル・オーシャン 海上決戦』(2014)やパート2『ハンサン -龍の出現-』 (2022)より寂しく見える。旗下をほとんど失い、末っ子の息子まで世を去ったからだ。しかし、イ・スンシン将軍は決して感情を表わさずに兵士たちを指揮し、「英雄らしい」死を迎える。
「果たして将軍はその時どういう気持ちだったのか」を想像して彼の最後を演じたというキム・ユンソクは、「最も激しい戦闘の状況で、できるだけ味方の邪魔にならないように最後の言葉を残したはずだ」と話した。
「映画『1987、ある闘いの真実』でパク処長役を担い“机をタッと叩いたらオッと叫んで死ぬとは”というセリフを言った時に、“このセリフを僕が言うことになるのか”と思った。『鷺梁』でも同じ心情になった。“イ・スンシン将軍のこの遺言を僕が言うなんて”と」
戦場の真ん中で独り息絶えるイ・スンシン将軍の姿は、涙を誘う。
キム・ユンソクもやはり、似た感情を覚えたとしながらも一方で「やっと休まれるんだな」という思いさえ湧いたとした。
「400年余り前に将軍として生きた53歳の人間の死が、迫ってきた。それが観客たちにも共感を与えられるのではないかと思う。偉大な将軍の偉大な死だが、“その方も人間なんだ”という気がした」
キム・ユンソクはもし、イ・スンシン3部作の一つをすることになるなら、露梁海戦を背景にした作品をしたかったという。ついにキム監督が『鷺梁』のシナリオをキム・ユンソクに送り、彼の願いは現実となった。
キム・ユンソクは、「プレッシャーもとてもあったが、好奇心も湧いた」とし「朝鮮、倭軍、明が絡んだ関係など、ドラマ性があった」と、シナリオを初めて読んだ当時を振り返った。
「『バトル・オーシャン 海上決戦』や『ハンサン -龍の出現-』 でチェ・ミンシクさんとパク・ヘイルさんが見事に配役をこなしていたということもあるが、まずはイ・スンシン将軍を演じること自体が最大のプレッシャーだった。全てを置いて祈る思いだった(笑)。2人の俳優と気持ちを一つにしてこの役に没頭するしかなかった」
肉体的な苦痛も、尋常ではなかったと彼は明かした。 鎧と兜、刀などが付いた20キロをはるかに超える衣装を着用してアクションシーンを撮影していたら、鼻血が出て止まらないことがあったという。 医師からは「今日は絶対に鎧を着てはいけない」と言われた。
キム・ユンソクは、『バトル・オーシャン 海上決戦』(1761万人余り)が、歴代の韓国映画最多観客数を記録し、パンデミックの余波が残る時に公開された『ハンサン -龍の出現-』 (726万人余り)も人気だっただけにヒットに対する重圧感もあると述べた。
しかし最近、キム・ソンス監督の『ソウルの春(原題:서울의 봄) 』 がヒットしているのを見て、「やはりいい映画には観客が集まる」という確信が生まれたと強調した。
「よく作られた映画を観客が見逃すはずがないということを直接見て、とても快感だった。韓国映画がもっと観客に愛されなければならない時期であるため、さらにそう感じた。『露梁』が『ソウルの春』のバトンを受け継いで年末まで勢いを続けていくことができれば、これ以上望むことはない。また、別の韓国映画が年初にそれを受け継ぐなら、韓国コンテンツが生き残るのではないかと期待している」
