映画『さよなら、おじいさん』の監督、「フーバオとカン飼育士の中国での再会を見た時は心臓が爆発するかと思った」
2024年08月30日

「映画『キャスト・アウェイ』を見ていなければ、遠ざかるバレーボールを見て嗚咽するトム・ハンクスが理解できないだろう。フーバオも同じだ。誰かにとってはただのパンダだが、フーバオが成長する過程を見守りながら癒された人々にとっては、フーバオとの別れは悲しみでしかない」
29日、ソウル・鍾路(チョンノ)区のあるカフェで会ったドキュメンタリー映画『さよなら、おじいさん(原題:안녕, 할부지)』のシム・ヒョンジュン監督は、フーバオが韓国のファンと別れた瞬間を振り返りながら、このように述べた。
2020年、龍山(ヨンイン)エバーランドで生まれたジャイアントパンダのフーバオは、コロナ禍の日々を送っていた人々を慰め、数多くの“フードク”(フーバオのファンダム)たちを形成した。
しかし、国外で生まれたパンダは生後48か月以前にパートナーを探して中国に移動しなければならないという「ジャイアントパンダ保護研究協約」がある。中国に戻らなければならないフーバオを見て、多くの人々が涙を流した。
来月4月に劇場公開される『さよなら、おじいさん』には、このような過程が盛り込まれた。特にフーバオが韓国で過ごした最後の3か月にスポットを当てる。フーバオの日常をはじめ、中国への返還過程、飼育士たちのインタビュー、カン・チョルウォン飼育士とフーバオの再会などが盛り込まれた。
シム監督は、「この作品の演出オファーを受けた時は、困惑する気持ちが大きかった」と述べた。フーバオを深く知らなかったうえ、脚本を自ら手がけたいという思いがあったからだ。
そして、YouTubeでフーバオと飼育士の映像を探しながら、「飼育士たちの人生にフーバオがどのように溶け込んでいるのか、別れる瞬間の彼らの感情はどんなものなのか、撮ってみたいという気持ちが湧き上がった」と振り返った。
こうして演出のオファーを受けたが、飼育士たちに撮影協力を求めなければならないうえ、フーバオの家族を自然に撮らなければならず、撮影過程が容易ではなかった。
シム監督は、「フーバオとお二人の話を大衆に淡々と伝えたい。監督として名誉を受けたいという気持ちは全くない」と、カン・チョルウォン、ソン・ヨングァン飼育士を説得したという。
フーバオの家族とは、時間をかけて徐々に撮影整備と人員を増やすといった形で、近づくことができた。おかげで飼育場の内外で、いたずらをしながら転がり、竹やニンジンをむしゃむしゃ噛んで食べるフーバオの姿を収めることができた。
シム監督は、3か月間フーバオを見守りながら、情が湧いたという。複雑な気持ちでフーバオの中国行きを待っていたある日、カン飼育士の母親が亡くなったという知らせが入り、「頭が真っ白になった」と話した。
「ドラマ作家が、このようなストーリーを書いてきたら、『ふざけているのか』と言うだろう。どうしてこんなことが起きるのか…カン飼育士が母親と電話で話しながら、『愛している』、『健康に気をつけて』と呼びかけるシーンをたくさん撮っていた」
彼は、カン飼育士の同意を得て、葬儀場の風景を慎重にカメラに収めた。カン飼育士は葬儀の日程全てを終えられないまま、フーバオの適応を助けるため中国への旅程に同行した。
シム監督は、この時をはじめ、多くの瞬間が記憶に残っているが、特にカン飼育士とフーバオが7月に中国で再会したシーンを忘れることができないと語った。
彼は、「ものすごいストーリーの2人の主人公が再会するのだから」とし、「心臓が爆発しそうで、カメラを握る手が震えた」と振り返った。
再会初日、フーバオは寝ようとしていたため外に立っているカン飼育士のそばに近寄らなかった。しかし2日目は、彼に気付いたかのように、30分から40分間、周囲をぐるぐる回ったという。
そうしているうちに、カン飼育士の前に止まったフーバオは、柵をつかんで立ち上がり目を合わせた。今まで知られていなかったこの姿が、映画を通じて初めて公開される。
シム監督は、「フーバオの背中を少しくらいなでてもよさそうなのに、カン飼育士が遠くから見るしかしないので、胸が痛かった」とし、「私もカンバオ(カン飼育士の別名)も足が動かなかった」と述べた。
「この作品を撮りながら短期間だが、とてもたくさんの劇的な瞬間を経験した。喜びや悲しみを感じ、別れと死を経験しながら、耐えられないほど数多くの感情が積もった。ところがフーバオに会った瞬間、全てが解消された。希望も芽生えた。この映画には、憎しみはなく温かさだけある。フーバオをよく知らなかった方々も、『さよなら、おじいさん』を通じて、“フードク”に共感できればと思う」
