チョン・ヨンロク&ミン・ヘギョン、新年コンサート「どうですか」で共演
2025年01月09日

「1980年代は “生”の時代だった。オートチューン(音程を補正する技術)なんてなかった。メークも自分でやっていた」(ミン・ヘギョン)
韓国大衆音楽が花開いた1980年代、カラフルなスポットライトの下、大きな「トンボメガネ」をかけて熱唱する若きスターがいた。「火の粉(原題:불티)」や「折り鶴(原題:종이학)」などのヒット曲が流れると、テレビの前に集まった全国の少女ファンは歓声を上げた。
同じ頃、1980年代のテレビ音楽番組では、ダンスジャンルをリードするディーバも登場した。都会的で洗練されたルックスは視聴者の目を引き、安定した歌唱力には自信があふれていた。
まさに当時爆発的な人気を博し、今も精力的に活動を続けている歌手、チョン・ヨンロクとミン・ヘギョンのことだ。2人は今月10日、麻浦(マポ)文化財団主催の新年コンサート「どうですか(原題:어떤가요)」で共に舞台に立つ。
最近、公演が開かれるソウル・麻浦アートセンターで2人にインタビューを行った。
チョン・ヨンロクは、「昔は生放送でライブをしていたので、とても緊張して汗が止まらなかった」とし、「今でもイヤモニを着けるのが嫌いだ。客席の反応も聞きたいのに1人だけイヤモニを着けているのが、もどかしい」と話した。
ミン・ヘギョンも、「そういう飾らないところから生まれる新鮮さや実力が、1980年代の魅力だ」、「厳しい環境でも歌いきったという自負がある。最近出ているような高性能マイクを使えば1000曲は歌える」と冗談交じりに語った。
チョン・ヨンロクは1973年にドラマ出演し、俳優として活動を始めた。彼はドラマの挿入歌「Letter」を歌ったことをきっかけに音楽界に足を踏み入れ、その後1975年に1stフルアルバム『Road of Traveler (旅人の道)』をリリース。そして「火の粉」や「Write the Love with Pencil」、「Loving Heart」、「折り鶴」など多くのヒット曲を出した。
彼は、「ドラマで不良学生を演じながら歌った。共演したのはソン・チャンホ、イ・ゲイン、チン・ユヨンらだった」と振り返った。
チョン・ヨンロクは1986年、1987年と2年連続でKBS歌謡大賞を受賞し、全盛期を迎えた。映画にも多数出演し、青春スターとしても活躍。キム・ジエの「憎らしい人(原題:얄미운 사람)」、イ・ジヨンの「Wind, Please Be Still」、ヤン・スギョンの「Love Is like the Rain over the Window」など多くのヒット曲を手がけ、作詞・作曲家としても才能を見せた。
彼の父は、1950〜70年代に強い男性像を演じた俳優ファン・ヘ(本名チョン・ホング/1920-2005)、母は歌手ペク・ソリ(本名キム・ヒスク/1927-2010)だ。万能エンターテイナーのDNAを受け継いだというわけだ。
チョン・ヨンロクは両親の話題が出ると、「私やトッコ・ヨンジェのような2世芸能人は、1世をプレッシャーに感じる。越えたくてもその壁が高すぎるから」とし、「活動して20年近く経って、やっと父が“お前も歌手らしくなったな”言ってくれた」と話した。
そして「それまでは、父が私の演技を見て“やめてしまえ”と言ったり、私がテレビに出るとチャンネルを変えてしまったりしていた」、「それだけ父の目には私が未熟に映っていたのだろう」と笑った。
チョン・ヨンロク家系の音楽的DNAは、彼の娘であるT-ARA出身の歌手チョン・ボラムや、D-Unit出身で作曲家のRAMI NU(チョン・ウラム)にも受け継がれている。
彼はデビュー当初、「Road of Traveler」のようなフォークを歌っていたが、「折り鶴」や「君の頬をつたう涙(原題:그대 뺨에 흐르는 눈물)」などで洗練された大衆歌謡へと方向転換した。さらに1980年代中盤から後半にかけては「火の粉」、「君に分かるだろうか(原題:너는 알 수 있겠니)」などの挑発的なロック風の曲も歌い、音楽の幅を広げた。
彼は「1980年代は、私が歌う曲もテレビ局が決めていた」と述べ、今とは異なる雰囲気を紹介。音楽的な変化が生まれた興味深いきっかけを語った。
「テレビ曲側はもともと、ナミに“火の粉”を歌わせようとしていたが、既に“グルグル(原題:빙글빙글)”を歌うことになっていたので、私に“火の粉”を歌わせることにした。私はリズム感がないので心配だったが、結果的にヒットした(笑)」
チョン・ヨンロクの過去の映像をよく見ると、1980年代初めまではメガネをかけず出演していたが、その後カラーテレビが普及するにつれ、大きなメガネをかけて登場するようになった。
チョン・ヨンロクは、「白黒テレビしかなかった時代は、“光が反射するから”とテレビ局からメガネをかけないよう言われた。私は目が悪く、小学1年生の時からメガネをかけていたのに」とし、「だからデビュー初期の映像を見ると、前がよく見えずにぼんやりとした表情で歌っている」と説明した。
1980年にデビューしたミン・ヘギョンは、翌年2ndフルアルバム『One Girl's Love Story』がヒットし、人気歌手となった。デビュー当初はバラードを歌っていたが、「While You Laugh Like a Doll」、「You are Like a Rose」、「Miniskirt」、「Face that I Miss」などのダンス曲でも愛された。
ミン・ヘギョンは、「長く活動するためには、一つの場所に安住してはならない。変化が必要だ」とし、「ヒールをはいて足から血が出るほどダンスを練習した。初めてダンスを習った時はつらく、悩みも多かった」とダンス曲に挑戦したきっかけを語った。
彼女は1980年代の活動当時、特有のクールなイメージで周囲からたくさん誤解されたと明かした。傲慢だとか、利己的だとか、いろいろと言われることも多かったが、気にしなかったと話した。むしろ「それだけ私に興味があったということだ」とクールな反応を見せた。
話を聞いていたチョン・ヨンロクは、「ミン・ヘギョンは芸能人の中の芸能人だった」、「男性歌手同士で集まり、“ヘギョンが来たぞ”と誰かが言うと、みんな立ち上がってステージを見た。たぶん本人は知らないと思うが」と称賛した。
ミン・ヘギョンは、こうした堂々とした性格のせいで「Face that I Miss」で活動していた頃、放送禁止にされたこともあったと話した。妖艶な雰囲気を強調した衣装を指摘され、「何が問題なのか?」と食い下がったが、のちにこの相手がテレビ局の幹部だということを知ったという。
彼女は「20代の私は本当に苦労が多かったし、努力もした。乗り越えた自分を誇りに思うし、感謝している」、「こういう(堂々とした)性格のおかげでうまくやってこられたと思う」と付け加えた。
2人は今回の「どうですか」公演で、チョン・ヨンロクの「Please Don't Forget Me」とミン・ヘギョンの 「Promise Like the Wind」をデュエットで披露する。 「Promise Like the Wind」は、チョン・ヨンロクが作詞・作曲し、ミン・ヘギョンが歌った縁のある曲だ。さらに、世代を超えたそれぞれの代表曲も歌う予定だ。
「“化学調味料のような歌手になろう”というのが私のポリシーだ。自分が先頭に立つよりも、後輩たちの道しるべや支えになりたい。そして、この公演を通して観客に“あの頃は、ああだったな”といいう懐かしい気持ちを与えられたらうれしい」(チョン・ヨンロク)
「“どうですか”が今年最初の公演だが、年末には1年を締めくくる公演も開きたい。1年の始まりと終わりが同じように平穏であることを願う」(ミン・ヘギョン)
韓国大衆音楽が花開いた1980年代、カラフルなスポットライトの下、大きな「トンボメガネ」をかけて熱唱する若きスターがいた。「火の粉(原題:불티)」や「折り鶴(原題:종이학)」などのヒット曲が流れると、テレビの前に集まった全国の少女ファンは歓声を上げた。
同じ頃、1980年代のテレビ音楽番組では、ダンスジャンルをリードするディーバも登場した。都会的で洗練されたルックスは視聴者の目を引き、安定した歌唱力には自信があふれていた。
まさに当時爆発的な人気を博し、今も精力的に活動を続けている歌手、チョン・ヨンロクとミン・ヘギョンのことだ。2人は今月10日、麻浦(マポ)文化財団主催の新年コンサート「どうですか(原題:어떤가요)」で共に舞台に立つ。
最近、公演が開かれるソウル・麻浦アートセンターで2人にインタビューを行った。
チョン・ヨンロクは、「昔は生放送でライブをしていたので、とても緊張して汗が止まらなかった」とし、「今でもイヤモニを着けるのが嫌いだ。客席の反応も聞きたいのに1人だけイヤモニを着けているのが、もどかしい」と話した。
ミン・ヘギョンも、「そういう飾らないところから生まれる新鮮さや実力が、1980年代の魅力だ」、「厳しい環境でも歌いきったという自負がある。最近出ているような高性能マイクを使えば1000曲は歌える」と冗談交じりに語った。
チョン・ヨンロクは1973年にドラマ出演し、俳優として活動を始めた。彼はドラマの挿入歌「Letter」を歌ったことをきっかけに音楽界に足を踏み入れ、その後1975年に1stフルアルバム『Road of Traveler (旅人の道)』をリリース。そして「火の粉」や「Write the Love with Pencil」、「Loving Heart」、「折り鶴」など多くのヒット曲を出した。
彼は、「ドラマで不良学生を演じながら歌った。共演したのはソン・チャンホ、イ・ゲイン、チン・ユヨンらだった」と振り返った。
チョン・ヨンロクは1986年、1987年と2年連続でKBS歌謡大賞を受賞し、全盛期を迎えた。映画にも多数出演し、青春スターとしても活躍。キム・ジエの「憎らしい人(原題:얄미운 사람)」、イ・ジヨンの「Wind, Please Be Still」、ヤン・スギョンの「Love Is like the Rain over the Window」など多くのヒット曲を手がけ、作詞・作曲家としても才能を見せた。
彼の父は、1950〜70年代に強い男性像を演じた俳優ファン・ヘ(本名チョン・ホング/1920-2005)、母は歌手ペク・ソリ(本名キム・ヒスク/1927-2010)だ。万能エンターテイナーのDNAを受け継いだというわけだ。
チョン・ヨンロクは両親の話題が出ると、「私やトッコ・ヨンジェのような2世芸能人は、1世をプレッシャーに感じる。越えたくてもその壁が高すぎるから」とし、「活動して20年近く経って、やっと父が“お前も歌手らしくなったな”言ってくれた」と話した。
そして「それまでは、父が私の演技を見て“やめてしまえ”と言ったり、私がテレビに出るとチャンネルを変えてしまったりしていた」、「それだけ父の目には私が未熟に映っていたのだろう」と笑った。
チョン・ヨンロク家系の音楽的DNAは、彼の娘であるT-ARA出身の歌手チョン・ボラムや、D-Unit出身で作曲家のRAMI NU(チョン・ウラム)にも受け継がれている。
彼はデビュー当初、「Road of Traveler」のようなフォークを歌っていたが、「折り鶴」や「君の頬をつたう涙(原題:그대 뺨에 흐르는 눈물)」などで洗練された大衆歌謡へと方向転換した。さらに1980年代中盤から後半にかけては「火の粉」、「君に分かるだろうか(原題:너는 알 수 있겠니)」などの挑発的なロック風の曲も歌い、音楽の幅を広げた。
彼は「1980年代は、私が歌う曲もテレビ局が決めていた」と述べ、今とは異なる雰囲気を紹介。音楽的な変化が生まれた興味深いきっかけを語った。
「テレビ曲側はもともと、ナミに“火の粉”を歌わせようとしていたが、既に“グルグル(原題:빙글빙글)”を歌うことになっていたので、私に“火の粉”を歌わせることにした。私はリズム感がないので心配だったが、結果的にヒットした(笑)」
チョン・ヨンロクの過去の映像をよく見ると、1980年代初めまではメガネをかけず出演していたが、その後カラーテレビが普及するにつれ、大きなメガネをかけて登場するようになった。
チョン・ヨンロクは、「白黒テレビしかなかった時代は、“光が反射するから”とテレビ局からメガネをかけないよう言われた。私は目が悪く、小学1年生の時からメガネをかけていたのに」とし、「だからデビュー初期の映像を見ると、前がよく見えずにぼんやりとした表情で歌っている」と説明した。
1980年にデビューしたミン・ヘギョンは、翌年2ndフルアルバム『One Girl's Love Story』がヒットし、人気歌手となった。デビュー当初はバラードを歌っていたが、「While You Laugh Like a Doll」、「You are Like a Rose」、「Miniskirt」、「Face that I Miss」などのダンス曲でも愛された。
ミン・ヘギョンは、「長く活動するためには、一つの場所に安住してはならない。変化が必要だ」とし、「ヒールをはいて足から血が出るほどダンスを練習した。初めてダンスを習った時はつらく、悩みも多かった」とダンス曲に挑戦したきっかけを語った。
彼女は1980年代の活動当時、特有のクールなイメージで周囲からたくさん誤解されたと明かした。傲慢だとか、利己的だとか、いろいろと言われることも多かったが、気にしなかったと話した。むしろ「それだけ私に興味があったということだ」とクールな反応を見せた。
話を聞いていたチョン・ヨンロクは、「ミン・ヘギョンは芸能人の中の芸能人だった」、「男性歌手同士で集まり、“ヘギョンが来たぞ”と誰かが言うと、みんな立ち上がってステージを見た。たぶん本人は知らないと思うが」と称賛した。
ミン・ヘギョンは、こうした堂々とした性格のせいで「Face that I Miss」で活動していた頃、放送禁止にされたこともあったと話した。妖艶な雰囲気を強調した衣装を指摘され、「何が問題なのか?」と食い下がったが、のちにこの相手がテレビ局の幹部だということを知ったという。
彼女は「20代の私は本当に苦労が多かったし、努力もした。乗り越えた自分を誇りに思うし、感謝している」、「こういう(堂々とした)性格のおかげでうまくやってこられたと思う」と付け加えた。
2人は今回の「どうですか」公演で、チョン・ヨンロクの「Please Don't Forget Me」とミン・ヘギョンの 「Promise Like the Wind」をデュエットで披露する。 「Promise Like the Wind」は、チョン・ヨンロクが作詞・作曲し、ミン・ヘギョンが歌った縁のある曲だ。さらに、世代を超えたそれぞれの代表曲も歌う予定だ。
「“化学調味料のような歌手になろう”というのが私のポリシーだ。自分が先頭に立つよりも、後輩たちの道しるべや支えになりたい。そして、この公演を通して観客に“あの頃は、ああだったな”といいう懐かしい気持ちを与えられたらうれしい」(チョン・ヨンロク)
「“どうですか”が今年最初の公演だが、年末には1年を締めくくる公演も開きたい。1年の始まりと終わりが同じように平穏であることを願う」(ミン・ヘギョン)
