ソ・テジ、聖水大橋…90年代は韓国にとって何だったのか
2019年08月29日

25年前だ。TwoTwoの「1と1/2(原題:일과 이분의 일)」と、マロニエの「カクテル・ラブ(原題:칵테일 사랑)」がKBS「歌謡トップ10(原題:가요톱10)」で1、2位を争った。ソテジワアイドゥル(ソ・テジと子供たち)は言うまでもない。
DEUX、 Fin.K.L、キム・ゴンモ、シン・スンフンが、韓国国民を楽しませてくれた。チャン・ドンゴン、シム・ウナ、ソン・ジチャンが活躍した「最後の勝負(原題:마지막 승부)」、チャ・インピョがサックスを吹く姿を披露した「愛をあなたの胸に(原題:사랑을 그대 품 안에)」などのミニシリーズは、毎晩視聴者たちをTVの前に座らせた。映画界では、既存の韓国映画の慣習を抜け出そうとする流れが始まっていた。『君に私を送る(原題:너에게 나를 보낸다)』(監督チャン・ソンウ)と『ゲームの法則』(監督チャン・ヒョンス)、『Out to the World(原題:세상 밖으로)」(監督ヨ・ギュンドン)がその時出てきた。1994年、韓国は、新しく面白いものに浮き足だっていた。
その年10月21日朝、親友と共に江南の家から、城東区(ソンドング)の学校に向かっていた主人公は「しまった」と思った。「今日は美術の授業があるのに、スケッチブックを忘れてしまった」
先に親友をバスに乗せて見送った後、慌ててスケッチブックを取り、タクシーに乗り込んだが、聖水大橋はこれ以上渡れる橋ではなかった。イヤホンを片方ずつつけて、ピノキオの「愛と友情の間(原題:사랑과 우정 사이)」を聞いたりしていた親友は、このようにして、この世を去った。バスに乗らなかったため生き残った主人公は3年後、再開通した聖水大橋を訪れる。実話を基にした短編映画『記念撮影(原題:기념촬영)』(1997 監督チョン・ユンチョル)の話だ。
「94年、大峙洞(テチドン)に住んでいた女子学生が見て、聞いて、感じたこと」
それから約20年後、ベルリン映画祭など国内外の映画祭で25の賞を総なめにし、「怪物のようなデビュー作」と言われた映画『ハチドリ(原題:벌새)」(監督キム・ボラ)が29日、公開される。20年の歳月をスクリーンに収めた聖水大橋の風景はどれほど変わっただろうか。主人公“ウンヒ”(パク・ジフ)は、94年大峙洞(テチドン)の団地に住む中学2年生だ。高校生の姉は、毎日漢江(ハンガン)を渡り、江北(カンボク)の学校に通う。親友と交わす会話はこうだ。「あんたのお兄ちゃんはどんな風にぶつの?」「うちのお兄ちゃんはゴルフクラブでぶつよ。あんたのとこは?」“ウンヒ”の家のすべてのルールは父が決めるが、その中心には中3の兄の入試がある。
普段から差別と暴力にさらされている“ウンヒ”が再開発予定地を通って学校に行くと、学力別の移動授業が待っている。多くの人がそうであったように、彼氏を作り、キスを敢行するが、それは人生でそれほど重要なことではなさそうだと、後々“ウンヒ”は思った。史上最悪の猛暑に見舞われたその年の夏、北朝鮮の金日成主席の死亡も彼女の生活をかすめるように過ぎていく。しかし、聖水大橋の崩壊は、この女子学生を素通りしない。すべて、大峙洞の中学校に通った監督が見て聞いて感じたことである。
「韓国は何を逃し、走ってきたのだろうか」
「90年代を正直に記憶したかった」と言うキム監督は『ハチドリ』の背景についてこう語る。「聖水大橋崩壊以降、韓国が何を逃しているのか見たかった。オリンピックを開催した韓国には、西欧から認められようとする熱望が大きく、このような巨大な空気の中で橋が崩れた。聖水大橋の物理的な崩壊と映画の中の関係崩壊が相まっていると考えた」(当時、事故調査の結果、オリンピックを控え86年に開通したオリンピック大路と94年4月に開通した東部幹線道路を聖水大橋経由で繋げ、通行量を急増させるも、荷重点検は行われていなかったことが明らかになった)
監督の説明は続く。「この映画のシノプシスを2012年に書いたのだが、その後、セウォル号の惨事が起きた時に強い既視感のようなものを感じた。どのような方法であれ、韓国は一歩ずつ進んでいるように見えるが、未だ解決されていない問題があちこちで膿んだ傷のように露呈するのだなと思った。94年、“ウンヒ”が家族や学校から受けた抑圧、そのような社会的空気がまだ韓国社会にあるため、この映画に多くの方が共感してくれるのだと思う。今、韓国は当時の磁場の中にとどまっている感じがする」

「”罪のない罪悪感”という集団記憶」
偶然にも同じ週に公開される『ユ・ヨルの音楽アルバム(原題:유열의 음악앨범)」(監督チョン・ジウ)もやはり、1994年からスタートする。90年代背景の商業メロ映画で、当時の災難風景はほとんど消した。それでも前だけ見て走る韓国社会の開発論理とスピードに対する欲望のようなものが、映画の基に敷かれている。主人公“ヒョヌ”(チョン・ヘイン)は友人の事故を経験し、罪悪感に苦しむ人物だ。これは、災難後、残された人々に与えられる「罪のない罪悪感」という韓国人の集団記憶でもある。
1995年の三豊百貨店崩壊、1997年のIMF通貨危機、2003年の大邱地下鉄火災事件、セウォル号惨事に至るまで、間違った人は他にいるのに、残された罪のない人々が罪悪感に苦しまなければならなかった。IMF事態を扱った映画『国家不渡りの日(原題:'국가부도의 날)』(2018、監督チェ・グッキ)でもやはり同じだ。事態を正そうと努めた人物であるほど、自責する。劇中、韓国銀行ハン・シヒョンチーム長(キム・ヘス)は、救済金融だけは防いでみようと孤軍奮闘する。「解雇が容易になり、非正規職が増え、失業が日常になる世の中、IMFが作り出すそのような世の中になってはならない」という彼女のセリフは、今日を正確に言い当てている。
「そこもそうなのですか。それでも20年が過ぎたんだから、何かは変わったでしょう」。
ドラマ「シグナル」(2016脚本キム・ウニ)の、イ・ジェハン刑事(チョ・ジヌン)のセリフが今でも話題になるのはそのためだ。多くの映画とドラマが、ポケットベルやカセットテープレコーダー、そこから流れ出てくる人気歌謡を活用して思い出をかき立てる。多数の消費主体が「あの時はよかった」と言うようになるのは、当時をはっきりと覚えているほど、遠い過去ではないからでもある。前だけ見て走り、災難を繰り返すこの社会で、20年あまり前を、ただきれいな商品としてだけ思い出すべきではないというのが、90年代を正直に記憶しようとする作品が私たちに送っている信号なのかもしれない。
