『パラサイト』くらい面白いポン・ジュノ語録 ユーモアたっぷりの寸鉄殺人話法

2020年01月09日

「マーティン・スコセッシ、ロバート・デ・ニーロ、ジョー・ペシが私のすぐそばに座っているということが非現実的だ」
7日(現地時間)、ニューヨーク映画批評家協会賞で外国語映画賞を受賞したポン・ジュノ監督が明かした感想だ。ポン監督が普段から感銘を受けた映画に挙げる『レイジング・ブル』(1980)。その主役たちと同じ空間にいるという事実だけでも、光栄だという趣旨で述べると、会場はたちまち拍手で溢れた。
この日の授賞式に出席した『パラサイト 半地下の家族』(以下、パラサイト)の制作会社Barunson E&A代表クァク・シネ氏は、SNSで「ポン監督が受賞の感想を一言述べる度、観客の間には、拍手と笑いが溢れた」と述べた。またポン監督が「様々な授賞式に出席したが、初めてアジア料理が出てきて嬉しい。たくさん食べたい。サンキュー」とコメントを締めくくったというエピソードを明かした。
ポン・ジュノ式話法が話題だ。ユーモラスながらも虚を突く鋭い文句が、アメリカメディアやSNSで話題になっている。特に彼は、英語と韓国語を使い分けながら、時と場所に合わせて自然に笑いを引き出す。
今月5日に開かれたゴールデングローブ賞で外国語映画賞を受賞した際のスピーチが代表的だ。彼は「1インチぐらいの壁を乗り越えれば、はるかに多くの映画に出会うことができる。私たちは一つの言語だけを使っていると思う。その言語は映画だ」と述べ、大きな拍手を受けた。
ポン監督はその後、韓国メディアの取材やインタビューで「アメリカの方々は、いまだに字幕のある映画を見ることに抵抗があるらしい。なんてことない壁さえ乗り越えれば、映画の海が広がるという意味で述べたものだ」と説明した。
昨年12月、アメリカNBCで放送されているトーク番組「The Tonight Show」に出演した彼は、プロットを少しだけ公開してほしいという司会者の要求に「この席ではなるべく言いたくない。ストーリーを知らずに行ってこそもっと面白い」と述べ、爆笑を起こした。
昨年10月にアメリカのメディア「Vulture」とのインタビューで述べた「オスカー賞」に関する発言は、「名言」として挙げられる。「これまでの20年間で、韓国映画の影響力は大きくなったにも関わらず、1度もオスカー候補に上がったことがないが?」という質問にポン監督は「確かに少し不思議な話ではあるが、あまり大した問題ではないと思う。オスカーは国際映画祭ではない。ただ“ローカル映画祭”なだけだ」とクールに答えた。アカデミー賞授賞式が「彼らだけの祝宴」だという事実と、アメリカ中心の考え方に一石を投じたものだ。
ポン監督は、連日の受賞の中でも謙虚さを失わなかった。いつも自分を低くし、周りに花を持たせた。「12歳の時に映画監督になることを決心した。とても臆病で幼い映画マニアだった。このトロフィーを手にする日が来るとは想像もできなかった」昨年5月26日にカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した際に明かした感想だ。
ポン監督は当時、公式記者会見で「韓国映画初のパルム・ドールだが、ちょうど今年は韓国映画生誕100周年の年だ。カンヌ映画祭は、韓国映画に意味深いプレゼントをくれた。私が韓国で、ある日突然一人で映画を作ったのではなく、歴史の中にキム・ギヨンのような多くの偉大な監督がいた」と述べ、韓国映画界全体に花を持たせた。
彼は、ゴールデングローブ授賞式のレッドカーペットイベントでカナダメディアから“韓国が独創性を認められたことについての感想”を聞かれると、「こんな私がゴールデングローブの授賞式に来ているが、BTS(防弾少年団)が与えるパワーは、私の3000倍以上だ。そのようなかっこいいアーティストで溢れる国だ。韓国はダイナミックな国」と述べた。
ポン監督の映画は、その独創性から「ポン・ジュノジャンル」と呼ばれる。ポン監督は、そのような修飾語について「私にとって最高の賛辞」だと述べた。毎回様々な作品に挑戦する彼だが、メガホンをとるのに躊躇するジャンルもある。
ポン監督は昨年11月、『パラサイト』の北米市場プロモーションを担当した配給会社「NEON」の最高経営責任者(CEO)トム・クイーンと対談形式で行われたインタビューで、「マーベル映画のメガホンをとる意思はあるか」との質問に「スーパーヒーロー映画の創意性を尊重はするが、個人的に人がピチピチの服を着て映画に出演するのは見るに耐え難い。多くのスーパーヒーローは、ピチピチの革の服を着ている。なぜか息が詰まる感じがする」とも答え、話題になった。
彼は昨年、あるラジオ番組のインタビューで「ミュージカル映画は、ムズムズしてできない。歌が始まると、恥ずかしくて我慢できない」とも述べた。
ポン監督のウィットに富んだ話術は、2007年に映画『オクジャ okja』がカンヌ映画祭のコンペティション部門に進出した際にも真価を発揮した。
彼は当時、「全世界の気難しいファンが田舎の村に集まって、私の映画を見るというのは、熱々のフライパンに載せられる魚のような気持ち」と感想を述べた。 『オクジャ okja』を巡り、劇場上映論争が起こった時には、「すべては私の映画を上映したいという欲のために起きたものだ。原因は私」だと自分を責めた。
ポン監督は、しばしば突拍子もない発言で笑いを引き起こすこともある。カンヌ映画祭で『パラサイト』上映後、8分もの間スタンディングオベーションが続いた際には「家に帰りましょう」と叫んだ。彼は後に 「当時1分が1年のようだった。お腹も空いていた」と釈明した。
映画祭を終えて帰国した際に、最もしたいことを尋ねられると、「忠武(チュンム)キンパ(韓国海苔巻き)が食べたい」と述べたりもした。当時統営(トンヨン)市場は「統営で一番おいしい忠武キンパ屋にご招待したい」と明かしたりもした。

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