ユ・ジュンサンからユ・ヒヨルまで…スターたちの思春期エピソードから人生のターニングポイントを学ぶ!

2020年03月03日

体と心に変化が多い世代では、誰もが一度くらい思春期を過ごすものだ。
ちょっとしたことでイライラしたり、反抗的な態度を見せ俗に“疾風怒濤の時期”ともいう。
スターたちも物心のなかったあの時代、両親の心をずいぶん傷つけたそうだ。
そんなスターたちの“思春期エピソード”を振り返ってみよう。
ドラマ「がんばれ!プンサン」で、思春期の反抗が始まった娘ジュンイのために胸を痛めている主人公のプンサンを演じる俳優のユ・ジュンサン。
娘役の女優キム・ジヨンからは劇中、「これからは学校に来ないで。恥ずかしい。この服は何? 臭いし手も汚い!」と痛烈なセリフが浴びせられる。
役柄では犠牲精神の強い家長だが、実際には真面目で誠実なイメージで視聴者に愛されている。
しかしながら、彼の学生時代は今の姿とはずいぶん異なるそうだ。
トーク番組「キム・スンウの乗勝長駆」に出演した際、ユ・ジュンサンは「ビリヤードもやり、マッコリも飲んで…」と驚きの告白をしたことがある。
これにMCの俳優キム・スンウが「高校生の時にタバコも吸うような学生だったのか?」と尋ねると、本人曰く「中2の時から…」と回答。
名門外国語高校出身ながらも、校内ではよく知られた反抗児だったことを明かした。
勉強とも縁遠かったのだろうか。ユ・ジュンサンは「朝登校して机を科学室に移動し、第1時限から第8時限までずっと教室の外にいた」と説明。
キム・スンウは「授業は受けていないのか?」とさらに疑問を投げかけると、ユ・ジュンサンはそれを認めながら、「先生が追いかけてきて、最後の15番ボールを打ちながら『我慢してみろ』という。『僕がここで倒れたら負ける』と思ったが15番ボールをフルスイングで大きく振りかざすフォームで先生に殴られた。一度も動かなかった…」と“壮絶”な学生時代を過ごしたことを正直に告白した。
今では反抗児の父親役を体を張って演じている彼だが、そんな恐ろしい体罰に耐えてまで先生を苦しめた理由は何だったのだろうか。
ユ・ジュンサンは「先生が『お前は一体どうしたんだ?』と聞くので、「実は演劇映画学科にとても行きたいのに、家で大反対をされたためとてもつらくて、こんなことばかりしている』と言った」と、当時の率直な思いを語った。
さらにそれだけでなく、「先生が家に電話してくださった。演劇映画学科に対するこれからのビジョンを説明してくださったのだ。それで私は映画演出専攻で演劇映画学科に東国(トングク)大学に合格して入った」と感動的なエピソードに番組MC陣も聞き入っていた。
結局、俳優の夢を叶えたユ・ジュンサンの活躍に、高校時代の恩師も本当に喜んでいるだろう。
このように、青少年期には間違った表現で自分の望むことを成し遂げようとする場合がある。
一方、美しい容姿と多才な能力で、別名“オムチン娘(容姿や学歴などが完ぺきで自分とは比べられない娘のこと)”と呼ばれる女優のイ・ハニも、思慮分別のない時代があったそうだ。
彼女が音楽番組「ユ・ヒヨルのスケッチブック」に出演した際、「“オムチン娘”という言葉は私はとても気まずい」と自身の代名詞に対しての違和感を述べたことがあった。
さらに「友人たちも『どうしてそんなふうに呼ばれているのか』と言っている。そのくらいとても揺らいだ生活をして、本当に人間扱いされるために勉強して学校に行っていた」と述べた。
彼女が“揺らぐ”ことになった理由は何だろうか。
伽倻琴(カヤグム)の無形文化財である母親の後を継いで、国楽の家の命脈を受け継いでほしかった家族と意見の相違があったからのようだ。
イ・ハニは「あの時、ダンスがすごく好きだった。ダンスがすごく好きで、中学校のときはバックダンサーになろうと家出したりもした」と説明。
結局、彼女は母親の意志を翻し、芸能プロダクションのYGエンターテインメントで練習生生活まですることになった。
番組で披露したダンスの実力は、中学生の時からしっかり身につけてきた賜物であることも同時に明らかになった一幕であった。
そして、今や芸能界の子だくさんの父親として知られるタレントのハハも、普通ではない思春期を送ったそうだ。
こちらも「キム・スンウの乗勝長駆」に出演した際に明かされた話だが、ハハは「正直に言うと、僕は学校に熱心に通っていなかった」と述べた。
そして「ある瞬間からは 『できない勉強をしてどうする?』、『私は私の人生を歩む』と考えるようになった」といち早く勉強の道を諦めて歌手の道を選ぶことになったことを告白。
夢を叶えるため、まだ若いながらも路上で客引きまで経験した。
さらに彼は、「僕の両親が教育をたくさんしてくれたが、高校になってからはまったく助けてくれなかった。なのでお金がなく、アルバイトをした」と語った。
そのように懸命に貯めたお金で、彼は当代最高のダンサーが集まるというソウル・梨泰院(イテウォン)のダンスクラブを訪れた。
そこであの伝説のグループ、ソテジワアイドゥルのイ・ジュノが踊っているのを見て、「あり得ない」と思う一方で、さらに夢を描いたそうだ。
危険な道へ陥る可能性もあるが、夢のために懸命に育てた情熱は認めざるをえないことを証明したエピソードだった。
こんな話ばかりではなく、思春期時代に皆が理由のある反抗をしたわけではないらしい。
バラエティ番組「会話の喜び(原題:대화의 희열)」で、シンガーソングライターのユ・ヒヨルは敏感な性格のため、学生時代に母親と大きく葛藤したことを明かした。
彼は「家出もしょっちゅうしたし、2日間は家に戻らず、少し問題児のようだった。母がムチを打ってきたのだがそれを折って、『やめてください』と叫んだ」と、母親に食ってかかるほど反抗心が強かったことを告白。
だが母親の「ヒヨル、私はあなたを信じる」という一言を聞いて我に返ったという。
母親からの言葉はこう続いたという。「今、あなたがとてもつらく曲がりくねった道を行くとしても、あなたがある瞬間、後ろを振り返ることができる人になってほしい。そうしたらあなたが出発したところが見えるはず。あなたがまた道を探してくれると信じている…」
そんな強い信頼がユ・ヒヨルの心を動かしたのだ。思春期の息子にも母の真心は通じていた。
誰にも大変な疾風怒濤の時期、スターたちもやはり順調にはいかなかった。
しかし、風に揺れる木がより丈夫になるように自分を成長させてくれた貴重な瞬間なのではないだろうか。

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