パク・ソダムら好演の映画『福岡』、今月27日公開へ…夢の中に出かける奇妙なファンタジーを描く
2020年08月21日

過去の強烈な記憶は頭の中でずっと残っていて、夢を介して突然訪れたりもする。
チャン・リュル監督の『福岡(原題:후쿠오카)』はまるで夢に訪れた記憶を蘇らせるファンタジーのような映画だ。
映画『福岡』の中では夢と現実、自分が再構成した記憶と実際に起こった出来事、自分と他人、韓国と日本、そのいずれも相反する地点にあるものの境界が揺らいでいる。
大学街で古本屋を経営するジェムン(ユン・ジェムン)は制服を着ているが、21歳だと主張する常連のソダム(パク・ソダム)の提案で、突然日本の福岡へ旅行に出かける。2人は福岡に到着し、ジェムンの大学の先輩ヘヒョ(クォン・ヘヒョ)が経営する小さな居酒屋を訪れる。
ヘヒョとジェムンは28年前に大学のサークルの後輩スニを同時に愛した悪縁が絡んでおり、この初恋の思い出に閉じ込められて生きる2人の男は会うや否やいがみ合う。
この2人と4次元のソダムは3日間、福岡を旅行しながら奇妙な出来事に遭遇する。
3人の福岡旅行はまるで夢のようだ。彼らが経験することには一貫性や蓋然性がない。
ソダムがジェムンに脈絡もなく福岡旅行を提案し、2人はすぐ次のシーンで福岡に到着している。
それだけではない。ソダムは日本語をまったくできないが、日本語を聞き取り、彼女と会話をする日本人もソダムの言葉を通訳なしに理解する。日本人だけでなく偶然出会った中国人も同じだ。
10年間言葉を失っていたヘヒョの居酒屋の常連が突然韓国語を話し始めたのにも関わらず、このすべてには納得させる理由が提示されていない。
しかし現実には不可能だが、夢の中ならいくらでも可能なことだ。
劇中では夢と現実の境界だけでなく、登場人物間の境界も壊れる。
たまに聞き取ることができない言葉や行動をするソダムはスニのようでもあり、そうでない時もある。
ヘヒョとジェムンが一緒にいる姿が舞台のようだとし、自身がスニの役割を務める時は、実際に存在する人物ではなく2人の記憶の中に存在する1人の女性の姿になる。
韓国と日本の境界が崩れる結末部分では「2人は同じ」というソダムの言葉のようにヘヒョとジェムンの境界もともに消える。
現実や虚構の境界は、作品の外でもぼんやりしている。
登場人物は皆、それぞれの人物を演じた実際の俳優と名前が同じだ。
登場人物は俳優本人でありながらもまた異なる、奇妙なポジションに置かれ、観客はこの崩れる境界で独特な面白さを感じる。
2人の男の精神をいまだに支配するスニは誰なのか。
彼女は詩人のユン・ドンジュ(尹東柱)の詩「愛の殿堂」や「少年」、「雪降る地図」などに登場するそのスニだ。
チャン・リュル監督は境界人(大人と子どものどちらにも属することができずに動揺する青年世代のこと)のアイデンティティを説明するために、詩人のユン・ドンジュの作品をモチーフにした。
前作の『群山:鵞鳥を咏う』(2018)でも同様だった。
中国・北間島で生まれソウルや平壌(ピョンヤン)で学校に通い、日本の福岡刑務所で死亡したユン・ドンジュは日本・韓国・中国の境界をいずれも併せ持つからだ。
前作と同じく境界人として生きたチャン監督の視線もやはり盛り込まれた。
チャン監督は中国・延辺(エンペン)で生まれ育った在中韓国人2世だ。
ろうそくの火のシーンとソダムが持ち歩く日本人形はいわゆる“都市3部作”と呼ばれるチャン・リュル監督の前作『慶州(キョンジュ) ヒョンとユニ』や『群山:鵞鳥を咏う』とリンクする。
映画『福岡』は今月27日に韓国で公開予定。
今年の3月に公開予定だったが、新型コロナウイルス感染症の影響により公開が延期となっていた。
