週末ドラマ「オーケー、グァン姉妹」のお父さんユン・ジュサン、「作品を通じた宿題の答えは“結局は人間”」

2021年08月30日

「名残惜しい気持ちが正直尽きない。作品が終わってもしばらくの間はスタジオのセットに行けば、家族のみんながいるように思うだろうし、また会えるような気持ちにもなるだろう」
週末ドラマ「オーケー、グァン姉妹(原題)」で主人公のイ・チョルス役を演じた俳優ユン・ジュサンに、ソウル・汝矣島(ヨイド)のKBS別館で会った。最後のセットでの撮影を控えていた彼は、俳優として生きてきた年月が50年を超える今も、「何でも終わる時はなんとなく寂しい」と淡い笑顔を見せた。
ほとんどの作品で父親役を演じてきた彼は、今回も3人の娘の父親役を担い、ドラマを導く中心軸となりながら、これまで築いてきた演技キャリアをさらけ出した。
彼はチョルスという人物について、「自分の人生をすべて犠牲にしながら命を尽くすという点で、チョルスもこれまで演技してきた数多くの父親と同じラインにいる」と述べた。
「オーケー、グァン姉妹」の中のチョルスは、家族のために生きてきたこの時代の父親のイメージを提示した。妻の不倫やこれを知らない娘たちとの度重なる摩擦で、一番大切に思っていた家庭までバラバラになったが、彼は人生を、娘たちを諦めなかった。
「波乱万丈な屈曲を経験しながらも、これまで耐えて生きてきたこの父親の力は何だったのだろうか。作家は過去を生きてきた父親を、なぜ現社会に再び登場させたのか。それが私の疑問であり、解かなければならない“宿題”だった」
そして10か月間の道のりの末、ユン・ジュサンは自身の質問に「その答えは結局人間」だという結論を下した。彼は「オーケー、グァン姉妹」の代表的な流行語となったチョルスのセリフ、「これは違うと思う!」や「違うといったら違うんだよ!」からもこのことが分かると説明した。
「このセリフは人間であることを拒否することに対する反抗。チョルスが語る“違うこと”の基準は普遍的な良心の声で、それは彼が両親から受けていた人間中心の思想だと思う。だから結局チョルスが伝えようとするのは、“人は人らしくいなければ”ということ。彼のような父親が中心になっていた旧時代は、だんだん忘れられ、消えていくだろうが、彼らが残した空間の柱、人間的な価値は消えない。また消えてはならないというのがこの作品の核心的なテーマだと思う」
「オーケー、グァン姉妹」を通じて初めてムン・ヨンナム作家と会ったという彼は、「ムン作家に出会ってから、私が普段覗いていなかったことに目を向け、聞けなかったことに耳を傾けることができて本当によかった」とし、「演技人生で巡り会えたよい機会であり幸運」だと絶賛した。
また今回の作品でグァンナム、グァンシク、グァンテの3姉妹の父親として過ごした時間に対しても満足感を示した。
「プライベートで息子2人を持つ父親として、普段から娘がいたらと思っていたが、ドラマの中だけでも娘3人を持てて、本当にうれしかった。チョルスが生きながら虚しさに押しつぶれそうになるたびに、この娘たちがその部分を支えてくれた。そのおかげで、なんとか持ちこたえ生きてこられたのではないかと思う」
実際には自分を「どうしようもない父親」だと評価した彼は、「仕事だけはとても忠実に徹底してやってきたが、家庭や周りにはそうすることができなかった。家族には本当に申し訳ない」と照れくさそうに笑った。
1970年に劇団「世代」の団員として演技を始めたユン・ジュサンは、翌年声優としてデビューし、その後お茶の間に進出。演劇舞台やドラマ、映画を行き来しながら俳優人生を歩んできた。
「文学に憧れ、夢を見ているうちに俳優をやることになった」と述べる彼の表情は、いつにも増して明るかった。
「これまで演じてきた作品の中でもう一度やってみたい役柄があるとしたら、シェイクスピアの『リア王』で担った王役。それとドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』でのフョードル役。幼い頃から憧れていた作家がドストエフスキーだったので」
最近、女優ユン・ヨジョンが映画『ミナリ』で世界の舞台から注目されるなど、“70代の夢”というストーリーを描いたことについてユン・ジュサンは「よい現象」だと評価し、長く役者を続けることができた秘訣を明かした。
「自分がやる仕事を愛するがゆえに、長く続けることができたと思う。そしていつも別の世界に対する好奇心、人に対する恋しさ、そんな感情がいつも新しい作品へ臨める原動力だと思う」
彼は「もうやってみたことのない役柄がないほど」だとしながらも、「最近はマンガのような世界に入って、様々な物事の世界が描かれる作品をやってみたい。もし私が木ならどうだろうかと考えてみたりする」と目を輝かせた。

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