うちの子どもは違うと言えるのか?…映画『親の顔が見たい』

2023年03月09日

※このニュースには映画の内容が含まれています。
チョン・スンシン弁護士が起こした「校内暴力」についての論議は、収まる気配を見せない。
チョン弁護士は先月25日、息子の校内暴力問題によって警察庁国家捜査本部長を退任。任命からわずか1日のことだった。KBSの単独報道で事件の全容が伝えられると、訴訟前に事件をもみ消す「校内暴力ローファーム産業」などが相次いで起こり、世論の注目を浴びた。教育部は、大学入試制度のあり方を検討すると発表し、今月末までに対策を打ちだすと表明。このように、加害者を批判する声が高まる中で、今日は「もし自分の子どもが加害者だったらどうするのか?」という質問から出発した映画を紹介しようと思う。
俳優ソル・ギョングが加害者の生徒の父親役として登場する、タイトルからして興味深い『親の顔が見たい (原題:니 부모 얼굴이 보고싶다)』という作品だ。
主人公“ホチャン”はある日、名門国際中学校に通う息子に関しての連絡を受け、学校へと向かう。案内された席には、他の両親も数名集まっている。子ども同士でケンカでもしたのかというホチャンの予想とは異なり、親たちが知らされたのは、同級生の“ゴヌ”を集団でいじめ、自殺に追い込んだ加害者が、まさに自分の子どもだという事実だった。
加害者4名の名前がはっきりと書かれた遺書と共に、湖でおぼれたゴヌが発見され、学校が彼らを呼び出したのだ。しかし、親たちから最初に出た言葉は「そんなはずない」ではなく、「うちの子ども、これからどうしよう」だった。面の皮が厚いことこの上ない。加害者の生徒たちを別の教室に集めただけでも、「うちの子どもだけが席を外していたら、他の生徒が何と思うか」と言う。ホチャンも同じだ。
ゴヌがまだ意識不明の状態であるという話を聞いた親たちは、遺書の内容を隠し、事件をもみ消すために動き出す。
「私の息子に限ってそんなはずない」という思いを、裏づけるような証拠を探すケースもあるだろうが、多くの校内暴力は、事実だったとしても問題にさえならなければいいという扱いを受ける。一方、子どもたちの臨時担任教師 “ジョンウク” (チョン・ウヒ)も、ゴヌが湖に身を投げた日の防犯カメラを確認し、そこに映っていない空白の3時間の真相を探しに乗り出す。弁護士のホチャンが職権を利用し、あちこちで目撃者や周辺住人に会う間にも、「同じ船に乗る」と言って力を合わせていた親たちは決裂し始め、映画は一種の推理映画から法廷映画へと転じ、どんでん返しの結末へと向かっていく。
実際に高校教師だった日本作家・畑澤聖悟の戯曲を脚色した作品。
映画の見どころは、いつも自分を正当化する主人公ホチャンの卑劣さにある。
映画後半のホチャンは、息子を弁護しようと、法廷で負けた正義の弁護士であるフリをする。彼が、堂々と証拠を隠蔽し、事件をもみ消した瞬間を観客が見ているにも関わらず。映画の間中、卑劣である他の悪役に比べ、常識人と普遍性を気取る人々の合理化は、いっそう興味深い。そしてこの姿を見ながら、「人のふり見て我がふり直せ」を肝に銘じることになる。

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