涙なしには見られない映画『3日の休暇』、来月韓国で公開

2023年11月30日

死んだあと、たった一人と会うチャンスが与えられたなら、誰と会うべきだろうか。

愛する人、その中でも家族に会いたいと思う人がほとんどだろう。

空の国に住んでいた“ボクジャ”(キム・ヘスク)も、3日間地上にとどまることができるなら、迷わず一人娘の“チンジュ”(シン・ミナ)に会いたいと言う。

ボクジャは3年前に、心臓発作でこの世を去った。突然の死だったせいで、娘と別れの挨拶もまともにできなかった。

しかし、2人の出会いには一つの制約がある。ボクジャは娘を見ることはできるが、話しかけたり触ったりすることはできない。チンジュは、すぐ隣に母がいても彼女の存在に気づかない。

ユク・サンホ監督が演出した『3日の休暇(原題:3일의 휴가)』は、プロットだけでも胸が詰まる映画だ。よく見かけるような設定だがオチが見えて、見る気をなくすようなシーンはない。観察者の視点で、比較的淡々と母娘の日常と事情を見せる。

死んでも絶えず小言ばかり言う母親、どこか頼りない休暇ガイド(カン・ギヨン)など、コミカルな要素も多い。観客たちは映画が終わる頃には泣き笑うという自身を発見するだろう。

映画は、娘に会いに地上に降りてきたボクジャの現在の話で主に構成される。母娘の過去も所々、フラッシュバックという形で出てくる。

ボクジャが、アメリカの名門大学の教授として立っているはずの娘と自身の故郷の家で遭遇し、映画は本格的に始まる。チンジュは母が残したレシピを使って、彼女が運営していた定食屋を営んでいる。

ボクジャは、ありとあらゆる苦労をして博識な人間に育てたはずの娘が、結局自分と同じ仕事をしていることに対して腹を立てる。しかしチンジュが、母親の住んでいた家に戻ってきた理由を知るにつれて、哀れに思う心がしきりに大きくなる。

チンジュは母親にとっていい娘ではなかった。親孝行や愛情表現すら、一度もしなかった。母親に対する恋しさと罪悪感が絡み合い、チンジュを家に戻らせたのだ。彼女は罪悪感のゆえに、パニック障害とうつ病を患う。

ボクジャは、“大丈夫”という一言だけでもチンジュにかけてあげたい。“お母さんは、全部忘れたから、あなたの人生を生きて”と言わせてさえくれれば、どんな代価でも受けるとガイドを説得する。

2人の過去と現在を見守る観客は、手放しで涙腺を攻撃される。彼女らの事情が特別だからでも、両者の関係が著しく切ないからでもない。ボクジャとチンジュの物語から私たちの姿が見えるからだ。

誰もが一度くらい、ひどい言葉で母親を傷つけたことがあるだろう。忙しいことを言い訳に電話さえまともに取らないこともある。私だけを待っていると知りながら、また今度と言って会うのを先延ばしにしたりする。

この映画を冷静に評価するのが難しい理由もここにある。劇中、母親の話が出てくると、日常的なシーンでも胸が詰まり、客観的に見ることができなくなる。

「国民の母」キム・ヘスクの演技は、涙を倍増させる。目つきだけでも温かく、ただ与えるだけの母親を見るような感じを与える。彼女は映画『マイ・ブラザー』(2004)、『ひまわり』(2006)、『実家の母親(原題:친정엄마)』(2010)などでも、母親役を担い、映画館を涙の海にした。

キム・ヘスクは27日、ソウルロッテシネマ建大入口(コンデイプグ)店で開かれた試写会のあとの、記者懇談会で「私の隣にいる最も大切な人に言うべきことを、言い逃すことがある」とし、「チンジュが母親に言えなかった言葉を夢で言うが、その言葉を私も私の母に言えなかった」と涙を流した。 12月6日に公開され、上映時間は105分、12歳以上観覧可だ。

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