映画『パスト ライブス/再会』、初恋のように美しく切ない作品

2024年02月29日

初恋はこの上なく純粋だが、大抵は別れてしまうものだ。全てが不慣れで幼い恋愛のゆえ、実らないのかもしれない。

このように初恋は、昔の思い出として残る。美しいながらも胸の痛む記憶だ。

韓国系カナダ人のセリーヌ・ソン監督の『パスト ライブス/再会』は、初恋の美しさと悲しみをスクリーンに映し出す。観客はまるで、初恋をしている時のようにシーン一つ一つに没入し、最後の瞬間は切なさを抱くようになる。

『パスト ライブス/再会』は、ソウルからカナダに移住し、アメリカ・ニューヨークの劇作家となった“ナヨン”(グレタ・リー)と、彼女の幼い頃の友人で、韓国で生活している“ヘソン”(ユ・テオ)の物語だ。

2人はソウルのある小学校に通っていた時に、お互い好意を寄せ合うが、ナヨンの家族が移住することになり別れてしまう。

12年が経ち、SNSで再びつながった2人は、ビデオ通話をしながら思い出話に花を咲かせる。オンラインの再会は長く続かず再び12年が過ぎ、ヘソンがニューヨークを旅行することで2人は24年ぶりに再会する。

ナヨンとヘソンは、言葉ではなく表情で多くのことを表現する。

ニューヨークで出会った2人は「あなたなのね」という言葉を連発するだけだ。しかしこの瞬間のナヨンの表情には、とても多くの言葉が含まれている。クルーズ船で、ほんの少しよそ見をしたナヨンの顔を見るヘソンの表情にも、言葉で表現できない深い感情が見える。

『パスト ライブス/再会』は、単なるラブストーリーにとどまらず、人生の神秘も語る。

ナヨンは、韓国で育ったヘソンを見ながら自分が韓国に置いてきた人生の可能性と向き合う。その夜、家に帰ってきたナヨンに夫“アーサー”(John Magaro)が、ヘソンはどんな人なのかと尋ねると、ナヨンは思わず「平凡な人」と答える。しかし、その言葉に一抹の後悔が残る。

人生は絶えず選択の連続であり、一方を取ればもう一方は捨てなければならない。私たちが生きながら捨てたものは多くを想像させ、時には悲しみを与えることもある。

映画は、韓国人になじみ深く外国人にとっては慣れない「縁」という概念を取り入れ、人生の神秘を語る。タイトルの『パスト ライブス』 (Past Lives)も過ぎた人生という意味で、映画の中では「転生」の意味として使われる。

人生に対する欲で力強く前に進むナヨンは、ヘソンにとって、届きそうで遠いだけの存在だ。そんな2人が縁について話しながら、沸きあがるような感情を整理していく姿は、深い感動を与える。

映像が美しく、俳優たちの演技は圧巻だ。グレタ・リーとユ・テオは、ナヨンとヘソンという2人のキャラクターを観客の記憶に刻印する。

この映画は、セリーヌ・ソン監督の自伝的な話だ。幼い頃、カナダに移住しニューヨークの劇作家を経て映画監督になった彼女にとって、ナヨンは分身のようなキャラクターだと言える。

劇中、ナヨンの父が映画監督であるのも、ソン監督と同じだ。ソン監督はハン・ソッキュ、チェ・ミンシク、ソン・ガンホ主演の『ナンバー・スリー NO.3 』(1997)で有名なソン・ヌンハン監督の娘だ。

ソン監督が自身の体験を表現したからか、シーン一つ一つが自然で共感を引き出す。幼いナヨンがカナダに行く飛行機で妹と英会話を練習するシーンなどがそうだ。

ソン監督のデビュー作である『パスト ライブス/再会』は、来月開かれる第96回アメリカ・アカデミー授賞式の作品賞と脚本賞にノミネートされ、世界の映画界の注目を集めた。

実際に、韓国映画といっても過言ではない。CJ ENMとハリウッドの映画会社A24が共同で投資配給したこの作品は、セリフの半分が韓国語であるうえ、韓国的世界観が表現されているからだ。

ソン監督は28日、試写会で「私の感情を感じるままに最大限、ストレートに話したいという思いで演出した」とし「デビュー作であるぶん、今後どのような映画を作るかを学ぶ過程だった」と話し、今後の作品に対する期待を高めた。

上映時間は106分で、日本では4月5日に公開される。

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