映画『使者』出演のアン・ソンギ、「若い観客に注目してもらいたかった」

2019年07月26日

“国民的俳優”アン・ソンギが夏の書き入れ時を狙った産業映画『使者(原題:사자)』(今月31日公開)で戻ってきた。2016年の『殺戮にいたる山岳』以来、3年ぶりだ。

 

25日にソウル・鍾路区(チョンノク)のとあるカフェで会ったアン・ソンギは、若い観客たちとの出会いを渇望した。彼は「しばらく活動がなかったため若い人々が私をあまり知らない」とし「『使者』を通じてまだ若い人々と疎通できることを見せたかった」と述べた。

 

彼は韓国に隠れた悪の黒い主教(ウ・ドファン)を追う悪魔祓いの司祭、アン神父役を担った。幼い頃に父親を亡くした後、神とこの世に背を向け生きてきた格闘技チャンピオンのヨンフ(パク・ソジュン)に会い、父親のように彼の面倒を見る。

 

アン・ソンギは劇中3度にわたる悪魔祓いの儀式を通じ、ラテン語の演技はもちろん、強烈なカリスマ性を見せた。悪霊が宿る人たちに首を絞められながら、信念と意志で危険に立ち向かう。

 

「実は他の若い俳優のようにアクションにも欲が出た。私はいつも運動をしているから体にも自信があるし、体力も自信がある。『殺戮にいたる山岳』を撮った時は若い共演者たちが付いてこられないほど楽しく駆け回った。しかし『使者』の撮影の初日、武術監督が私は主に殴られる側だと言ったので残念ながら諦めるしかなかった」

 

徹底した自己管理で有名なアン・ソンギは、今も毎日1時間ずつ休まず運動をするという。30、40代に劣らない体力を維持する秘訣だ。頑丈に鍛えられた体は映画の中でもこっそり登場する。「キム・ジュファン監督は私の体が小さく見えてほしかったそうだが、私の体格が良いのだからどうしようもない…(笑)」

 

アン・ソンギは「代わりにアン神父の底力を見せるため、ラテン語の呪文を悪霊に注ぎ込むように、争うようにわめいて劇中のバランスを合わせた」と述べた。 彼はセリフの半分近くを占めるラテン語の呪文を数千回ほど繰り返して覚えた。

 

彼はこの映画でユーモアも担当する。時折彼が投げかけるセリフの笑いのポテンシャルはかなり高い。緩やかながらも心地よい笑いを誘う普段の話し方とも重なる。キム監督が当初、アン・ソンギを思い浮かべながらシナリオを書いたおかげだ。

 

アン・ソンギは「シナリオでアン神父は人間的でありながら優しく面白い面をすべて兼ね備えていて、出演しないわけにはいかなかった」と笑った。他の悪魔祓いの映画とは異なり、緊張と恐怖、一つだけに走るのではなく、緊張感の中で笑いとアクションが多彩に溶け込んでいる点にも惹かれた。

 

アン・ソンギは「実際には怖い映画は観ることができない」という。「観ようと試みても、劇中の人物たちの目つきが変わり、体が震え始めると目を閉じてしまう。幼い頃、ドラキュラ映画を一人で観たが、主人公が棺桶を開け歩き回る場面がずっと忘れられなかった。そんな記憶が長い間残像になり、怖い映画を観ることができない。最近見た一番怖い映画は『犯人は生首に訊け』。年を取った今でも怖い想像をしてしまう。幸いにも『使者』は自分が撮ったせいか怖くはない」

 

今年デビュー62周年を迎えたアン・ソンギは5歳の時、キム・ギヨン監督の『黄昏列車』(1957年)で演技を始め、これまで130本余りの映画に出演した。代表作は両手を使っても足りないほどだ。

 

1984年の『鯨とり コレサニャン』をはじめ、数多くの作品でシリアスな演技からコミカルな演技まで、幅広い演技スペクトルを披露した。

 

60年以上、一つの道を歩むということは、はたしてどのような感覚なのだろうか。

 

アン・ソンギは「感慨が格別だというよりは、幼い頃から運命的に始めたことにただ流されてきたようだ。どうすれば私が好きな映画を人々に良い印象を与えながら、魅力的な俳優として演じることができるかを常に考えている」と話した。

 

「俳優は定年がない。長い間続けようと思うなら、自分の体も心も常に挑戦する姿勢を整えるのが大事だ」

 

アン・ソンギは次回作の独立映画『紙の花(原題:종이꽃)』の撮影を終え、今年の秋にはイ・ジョングク監督がメガホンを握るドキュメンタリー独立映画に出演する。

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