IUからチソンまで…涙なしには語れないスターたちの新人時代を探る
2019年12月13日

今年もあともう少し。新年に向けて新しいことにチャレンジしてみたい方も多くいるだろう。少し時期は早いが大学の新入生や新入社員たちにとっては新しい環境に慣れることも大人への第一歩となることだろう。
トップの座に上り詰めたスターたちの、涙なしには聞けない新人時代のエピソードをたどってみよう。
最近、トロット歌手「ユ・サンスル」に変身し皆を驚かせ、その万能エンターテイナーぶりを発揮しているお笑いタレントのユ・ジェソク。
韓国で“国民的司会者”として愛されている現在とは異なり、デビュー初期にはいじめをたくさん受けたそうだ。
1991年から放送されたKBSのコメディ番組「ひとしきりの笑いで(原題:한바탕 웃음으로)」のコーナー「草の根議事堂」では、キム・ヨンマンが団長役で、ユ・ジェソクがその補佐官として登場した。
キム・ヨンマンが「補佐官、チャートを持ってこい」というと、補佐官役のユ·ジェソクは「車にあります」と答える。「車はどうした?」と団長が聞くと「牽引されました」という。さらに団長が「チャートは?」と聞くと補佐官は「牽引されました」。その流れで「駐車は?」「車にあります」「チャートは?」「牽引されました」という会話が進んでいく。
簡単なセリフからできるコントなのにも関わらず、緊張したせいでユ・ジェソクが何度もNGを出したそうだ。
トーク番組でキム・ヨンマンは「3回目のNGが出てさあ4回目に行こうと思ったが、ジェソクさんの目を見て思った『これはやばいな』と…」と語る。
ユ・ジェソクも「本当にヨンマン兄さんを目で訴えかけた。『兄さん、僕まちがえた』と」振り返る。
担当プロデューサーから厳しく叱られた後、ユ・ジェソクは結局、降板の通知を受けてしまうことに。
ユ·ジェソクは「あれからトラウマになった。本当に怖くて、実はお笑いタレントを辞めようと思った。ビアホールで接客をしていたが、そのせいで6か月通っていた放送局に行かなくなった」と明かした。
だがユ・ジェソクの才能を信じたキム・ヨンマンやパク・スホン、キム・スヨンらのおかげでチュソク特集で復活し芸能界に戻ってくることができたそうだ。
ユ・ジェソクは「私が今この芸能界で活動を続けることができるのは彼らのおかげだ」と感謝の気持ちを表した。
先月発表したニューアルバムを通じて再び“音源の強者”であることを証明した女性ソロ歌手のIUも大変な時期を経験した。
2008年のデビュー曲「Lost Child」を発表した当時、冷ややかな反応を全身で感じたという。トーク番組でも本人が「雰囲気があまりよくなかった」ほどに。
同じ番組でユ・ヒヨルも「あの時は正直言うと“うまくいかなそう”と思った。ただ“こんなにまじめなバラードをする仲間が出たんだ。でも、なんか少しぎこちないな”くらいの感じに」と語った。
若干16歳だったIUは誰よりも凄まじい新人時代を過ごしたそうだ。
IUは「その時は『何とか生き延びなければならない』と手当たり次第にすべてのことにチャレンジした」という。競馬場で開かれたイベントのステージに立った時、予想もしなかった屈辱を味わったこともあるそうだ。
IUは「観客の方々は私より馬に興味がある。全員が馬だけを見ていた。その時は幼いながらも少し悲しかったが、やっていたらその状況が笑えてきた。『私、馬よりまだまだ下っ端だなあ』と思った」とプロ根性を発揮したそうだ。
さらに彫刻のようなルックスでデビューから人気を博した俳優のチソンも例外ではない。
両親の反対を押し切って俳優になるために麗水(ヨス)から上京したチソンは、お金に余裕がなかった脇役時代、地下鉄の駅で野宿していたこともあるそうだ。
チソンは「放送局が全部ソウルの汝矣島(ヨイド)にあったので、手元に持っているお金が少なく交通費もかさむので、ただ汝矣島の中ですべてが解決していた」と振り返る。
主演クラスで作品にキャスティングされるまで、なんと3か月近く、ホームレス生活を続けたという。
彼は「ただ外のベンチで寝てもいいし、だから夜空を見ながら自分の夢を胸に募らせたこともあった。そんな思い出の中で時間を過ごした」と新人時代の情熱を明かしたことがある。
韓国ヒップホップ界のゴッドファーザー、タイガーJKは新人時代、お腹がすいた記憶が特に多かったという。
彼は「ドランクンタイガーでデビューした当時、所属事務所がくれた食費があまりにも少なかった」と語る。
それは弁当一つも買えないくらいの金額だったらしく、少しでも食費がかさむと事務所から叱られたそうで、本人曰く「恥ずかしいくらいに悪口を言われて。あの時の悲しさが私の心にとても残っている」そうだ。
歳月が流れ、事務所を立ち上げて会社の代表になったタイガーJKが一番気を使ったのが社員の福利厚生だという。
彼は「いつか自分たちで会社を始めたら食べることだけは制限しないことにしようと決心した」と心の内を明かす。
事務所のスタッフも「“こんなに食べてもいいのかな”と思うほど、食費に対するプレッシャーがまったくない」と言う。一食あたり12,700ウォン程度が平均食費に当てられているという別のスタッフのコメントもあるほどだ。
それだけでなく、勤務時間の合間を縫って社員の健康を守り、自己開発費用まで支援しているという。韓国ヒップホップの源にはこのような苦労の末の気配りが存在している。
今の地位に上り詰めるまで平坦ではない道を歩んできたスターたち。その時間のおかげで、さらに輝かしい全盛期を迎えることができたのだろう。
