CryingNut、今年で活動25周年…「これぐらいできたんだから上出来、それでも頑張った」
2020年06月25日

パンク音楽を長くすると、澄んだ人になるのだろうか。
映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の悪役、イモータン・ジョーの武装集団の一員でギターを力いっぱいかき鳴らす「ギター男」のようなイメージを想像していた。しかし、実際に会ってみたパンクロックバンド Crying Nutは、あどけなく、恥ずかしがり屋のこどものようだった。
今月19日、麻浦区(マポグ)の練習室で会った彼らは「舞台の上でそのように遊ぶからといって、外でも同じようには遊ばない」と笑った。
メインボーカル・ギターのパク・ユンシク、ギターのイ・サンミョン、ベースのハン・ギョンロク、ドラムのイ・サンヒョク、アコーディオン・キーボードのキム・インスで構成されるCrying Nutは、今年活動25周年を迎える韓国第1世代のパンクロックバンドだ。
1995年に弘大(ホンデ)のクラブ「DRUG」で公演を始め、翌年DRUGが制作した編集アルバム「Our Nation 1」でデビューした。
「僕たちよりもだいぶ後に音楽活動を始めたのに、今では違う仕事をしている人がたくさんいる事を、あるテレビ番組を見て知った。僕たちは、変わらないメンバーで、着実に今まで音楽をしてきた。“これぐらいできたんだから上出来、それでも頑張った”という思いがする」(パク・ユンシク)
Crying Nutは、これまで8枚のフルアルバムをはじめ、ミニアルバム(EP)など数十枚のアルバムを発表した。
これまで歩んできた軌跡を集めて今年8月、全16曲を収めたベストアルバムを発表する予定だ。今月25日には収録曲「Isn't That Good?」を先行公開する。
「以前のアルバムを聞くと“自分はどうしてこんなに演奏が下手なのだろう?”と思ったこともある。これを機に、実際に公演でやるように、昔の歌を新たにレコーディングし、アルバムに収めた」(ハン・ギョンロク)
パク・ユンシクは「昔は歌をどのように歌えばいいのかわからなかった」とし「歌を歌うというのではなく、“俺がすべて殺してやる”という感じだった」と振り返った。
その一方でパク・ユンシクは、“テクニックがない”のが Crying Nutが長く愛される理由なのではないかと自評した。それもそのはず、「Maldalija」や「Luxemburg」など、メロディーが複雑でなく、声を張り上げるCrying Nutの楽曲は、多くの人が「カラオケのフィナーレ曲」に選ぶ。
歌詞もまた、共感を呼ぶようなものでありながらも叙情的だ。
疲れた若者に「黙って俺の言葉を聞け/俺たちは走らなければならない」(「Maldalija」より)と一喝するかと思えば「注げ 飲め 踊れ/俺たちの人生がここまでかのように」(「The Last Saturday of My Life」より)との歌詞で一緒に遊ぼうと叫ぶ。
一方で「さまよいながら踊る炎/この夜に酔って揺れていますね」 (「Oh! What a Shiny Night」より)のような詩的な歌詞や「会いたい 美しい君に 戻ってきてくれ/俺の宮殿に」(「Myeong-dong Calling」より)のような切ない歌詞も目立つ。
「なんというか。僕たちには見栄がない。最近の人たちが使う”swag“(やばい、めっちゃかっこいいの意)という言葉。自分を誇張して表現するのが好きなようだが、僕たちにはそのようなものはなく、なくしたい」(イ・サンミョン)
テクニックも、swagもないという彼らは、音楽の方向性も特にないと言った。
イ・サンヒョクはこのように言いながら、「どんな音楽をしたいかが変わり続けていて、曲を作る時に感じた事を音楽に込めている」と述べた。
それでも「まだ音楽が一番面白い」と言うCrying Nut に「情熱」だけは、あふれるほどあるようだ。
「音楽を最初に始めた時と変わらず、今も舞台に立つのが一番おもしろいし、ときめく。見た目は年をとったが(笑)。メンバー全員、公演をすることは、遊んでいる感覚だ」(ハン・ギョンロク)
これまで25年間、数々の舞台を経てきた彼らにとって、最も記憶に残る公演は何だったのだろうか。
メンバーたちは口をそろえて、1996年に行われた「ストリート・パンクショー」と、2007年に行われた「仁川ペンタポート・ロック・フェスティバル」と答えた。
「“ストリート・パンクショー”は、それまで公演を行ってきたクラブ“DRUG”を出て、行った初めての野外公演だった。弘大(ホンデ)の通りや明洞(ミョンドン)の通りに溢れ出た人々が一緒になって遊んだ。ダイブしている人や、興奮して舞台装置を壊す人もいた。みんな遊びたいという渇きのようなものがあった」(パク・ユンシク)
「仁川ペンタポート・ロック・フェスティバル」では、観客数百人が集まり、船を埋め尽くした。観客は「Maldalija」の前奏が始まるや、ホットドッグとビールを手にしたまま舞台に向かってジャンプしてきたという。イ・サンヒョクは「百万大軍が攻めこんできたようだった」と当時を振り返った。
一時間半のインタビューで、過去25年の歳月を振り返った彼らの表情からは、満足感が垣間見えた。
「20周年の時には“ご飯を食べ、よく寝て、生きていれば、あっという間に過ぎていく”のだと思っていた。ところが、歳を重ねてみると、その5年が本当に大変だった。これほどやったから、やっと自分自身を褒められるようになった」(キム・インス)
イ・サンヒョクは「僕たちのモットーは”細く長く行こう“だ」とし「ある程度、細く長く25年間、音楽をしたと思うが、これからも長くやっていきたい」という願いを述べた。
「10年を越えるバンドが多くない中、僕たちが25年間もやってこられた事は、価値のあることだと思う。後輩たちが見て“あの先輩たちのようになりたい”と思ってくれたら嬉しい。水泳では、25m地点の「ターン」で勢いをつける。僕たちも、25周年でそのような推進力を得ることができればと思う」(ハン・ギョンロク)
