イム・ジョンヒ、3年5か月ぶりの新曲「Not4$ale」は「目立たなくても輝いている星に捧げる歌」
2021年05月21日

ストリートライブから名を馳せた“路上のディーバ”、爆発的な歌唱力の“ソウルの女帝”…。女性シンガーイム・ジョンヒを飾ってきた表現に、“シンガーソングライター”が追加された。
しばらくブランク期間を過ごしていたイム・ジョンヒが、3年5か月ぶりに自作曲でカムバックした。彼女が20日にリリースしたシングル「Not4$ale(ノット・フォー・セール)」は自ら作詞、作曲、編曲に参加し、“最も自分らしい楽曲”を作るために苦心した成果でもある。
新曲発売を控え、最近ソウル・麻浦(マポ)区のカフェで会ったイム・ジョンヒは、「デビュー後にアルバム収録曲を書いた経験もあったが、自作曲をタイトルに活動するのは初めて」だと伝えた。
「これまでハードディスクに貯めておいて、ずっと悩んできた楽曲が多かった」という彼女にとって、曲のドラフトを発展させ、ミキシングやマスタリングなどの作業を自らリードしていった経験は初めてだった。彼女は「一曲だけだが、ほとんどフルアルバムを作業したように魂を入れ込んだ」と打ち明けた。
こうして世に出た「Not4$ale」には、自分の存在や価値に対する固い信頼が込められている。“意味のないそんな数字で小さくならないで”と自負しながら、“私の存在がミラクル(miracle)”だと歌う。
「目立たない存在だがいつも輝いている星たちのために歌いたかった」というイム・ジョンヒの表現が脳裏に深く残った。個人的なことが最も大衆的かもしれないというアプローチで、率直な話を盛り込んだ。
そして「私と同じ時代を生きている若い青少年たちと後輩たち、みんな形はそれぞれ異なるが、同じような感情を共有していると思った。世の中は急変し、期待値や基準は高くなっていくが、果たして自分はどの辺にいる人間なのか…。みんな数字や名札、レッテルでは定義できない貴重な存在であり、売買のために価値を付けられない存在だという気持ちを楽曲に込めようと思った」と明かした。
ニューアルバムを準備しながらイム・ジョンヒはこれまで“自己複製”をしたのではないかと不安も感じたという。大衆に馴染みのある彼女の代表曲の中には「Clockwork」や「I didn't weep tears」など切ないバラードが多いが、「Not4$ale」ではより自由な感性が感じられる。
彼女は「自らバラード歌手のカテゴリーの中にいると思ったりもしたし、そのような評価を受けたが、少し発展が必要だと思った。私自身もスピーディーでファンキーな音楽が好きだ」とし、「人々が期待するイメージよりは私がやりたかったことを見つけ出したかった」と説明した。
イム・ジョンヒが昨年移籍したP&Bエンターテインメントは、アイドルグループgod出身のキム・テウが総括プロデューサーを務めている事務所だ。
キム・テウとイム・ジョンヒはJYPエンターテインメントで苦楽をともにした時代から友情を築いてきた。イム・ジョンヒは「キム・テウさんは私にはない前向きなエネルギーがあふれている人」だとし、「いつも無限の応援やポジティブなフィードバックをくれる」と伝えた。
今でこそK-POPのスターたちがビルボードチャートに名を連ねることが珍しくない時代になったが、実はイム・ジョンヒもかつてアメリカ進出を試みていた歌手の一人だ。彼女は2008年にアメリカへ渡り、JYP USAで現地デビューを準備したが、計画に支障が生じ帰国しなければならなかった。
彼女は自身のアメリカ進出への試みについて「成功という言葉とは縁がなかったが、私の人生においては大いに役立った時期だった」と思いを明らかにした。
そして「多くの方から渡米する前も引き留められたし、帰国しても『なぜそんな選択をしたのか、とても不憫だ』という話をよく耳にした。でも今まで音楽をしながら困難な状況にぶつかった時、克服する力を養ってくれた時期だった。結果的には失敗だったが、私の人生では重要な瞬間だったと思う」と付け加えた。
イム・ジョンヒのヒット曲を多数書いてきたプロデューサーのパン・シヒョクはその後、世界市場を制覇したボーイズグループBTS(防弾少年団)を育て上げたりもした。
一時はBigHitエンターテインメント(現HYBE)に所属した経験もあるイム・ジョンヒは、BTSを見ながら思うことについての質問には、「今の成功に多くの方が驚かれると思うが、予想されていたことだと思う」と答えた。
彼女は「BTSが初期の頃、一緒に事務所にいて練習する過程も見ていた。私が在籍している時にデビューをしたので、うまくいくということはよく分かっていた」とし、「その時からスーパースターになるのは時間の問題だという印象だった」と述べた。
これまでイム・ジョンヒは音楽バラエティ「不朽の名曲2」などの番組のステージに立ち、大学にも出講し後学も養成した。実用音楽科の修士課程に通い自ら進んで勉強している。
彼女は「音楽をする人生を生きていくのはとても幸せなことで、年を重ねるほど有難く感じている」と述べた。音楽を愛すると同時に、職業として“徳業一致(自分が好きなことを仕事と一致すること)”を実現する生き方はミュージシャンとして彼女が目指す目標でもある。
彼女は「私が書いた楽曲をもう少し頻繁に出すという短期的な目標がある。最終的には曲が良いという噂が広まり、他のアーティストの方々にも曲を提供することができたら嬉しい」とし、「どなたでも初めて連絡してくださる方に、私のすべてを出して曲を書いて差し上げられるような気持ち」だと笑みを浮かべた。
