映画『親の顔が見たい』のキム・ジフン監督、「学校暴力は現実のほうが映画のようだ」

2022年04月21日

映画『親の顔が見たい (原題:니 부모 얼굴이 보고싶다)』は、同名の日本の戯曲を原作にした作品だ。
日本であった集団いじめの事件をモチーフにした戯曲の背景を、韓国に移し、韓国で発生した学校暴力事件を盛り込んだ。被害者ではなく加害学生の両親をストーリーの中心に立てたのは原作と同じだ。
名門国際中学校に社会的配慮対象枠 (障がい者、生活保護受給者、一人親家庭などを対象にした特別枠)で入学した男子生徒“ゴヌ”。彼が、自分に暴力をふるった同級生4人の名前を書いた手紙を残し、意識不明の状態で発見されたことによって巻き起こる物語を描いた。
自分の子供がいじめ加害者の疑いをかけられ、集まった保護者たちは、弁護士、病院長、元警視庁長、国際中の教師など権力と財力を持つ者ばかり。彼らは、自分の子供のため、事件の真実を隠蔽し、また別の被害者を作る。
5年ぶりに映画を披露したキム・ジフン監督は20日、オンラインで行われたインタビューで「難しく、そして重く恐ろしい話を演出することになった。(映画の) 命を生かそうと、5年という時間を過ごした」と「怖い気持ちは相変わらずだ」と述べた。
キム監督は「私もやはり、子供を育てる親として、“自分の子供が被害者になったらどうしよう”という心配があったが、原作に接してからは“自分の子供が加害者になったらどうしよう”という恐怖に変わった」と明かした。
「学校暴力と聞いた時、以前は加害者と被害者が別々に存在すると思っていたが、この映画を撮りながら、そうではないと確信した。それがこの映画の出発であり、終着点ではないだろうかと思う」
キム・ギョンミ作家は原作を脚色するため、韓国で起きた学校暴力事件を取材。キム監督は、その内容を見るだけでもつらかったと話した。
彼は「“本当ですか?”と言ってしまうほど恐ろしいことがたくさん起こっており、これを映画にすることは、果たして驚くべきことなのだろうかと思った。それほど、現実のほうが映画のようで驚いたことを思い出す」とし「そのようなことが、いまだに繰り返されているということが、もっと怖いこと」と話した。
最も衝撃的で忘れられなかった場面は、映画にも溶かし出した。
「子供がエレベーターの中でうずくまっている場面があった。屋上に上がる前にサッカーボールを転がしたりもしていた。最後の極端な選択をする前にためらい、怖がるところが、防犯カメラにそのまま残っていたのだ。世界の全ての親がその子に申し訳なさを感じるだろうし、なぜそうさせてしまったのかと反省するだろう。私にも、いまだやり切れなさを残すその場面が、私をここまで突き動かしたように思う」
彼は「子供の魂を破壊させる、そのようなことは、誰にでも起こり得る」とし「観客がゴヌの痛みに共感し、被害者の傷に触れるきっかけとなれば幸いだ」と話した。
そして、“子供たちの魂が破壊される痛みと傷に心から共感したのか”、“それを映画的にきちんと表現したのか”、“その心を観客に完全に伝えられているか”に対する心配と怖さは、依然としてあるとした。
「物理的な暴力は、様々なサポートや努力によって癒されると思う。しかし、魂が破壊される暴力は、癒されない。子供が同級生に暴力を加えるシーンを撮るのは私もつらく、大変だったが、暴力の恐ろしさより、それによって子供がどのように崩壊し、回復できない絶望に達するかを見せることに焦点を当てた」
2017年に撮影を終えた同作品は、5年の時を経て日の目を見るようになった。
キム監督は「遅すぎたのではないか、古い話になったのではないかと心配したが、幸いそうでもないようで感謝している」と話した。
彼は「世間の出来事は、時間が経つと発酵したり、腐敗したりするが、この物語の真髄は、腐敗せず発酵したように思う」とし「ゴヌの痛みを完全に伝えようとする映画の核心が息づいたから」と自評した。
映画は、ソーシャルディスタンスの防疫指針が全面解除された後の今月27日に公開される予定だ。
キム監督は「映画人として、暗闇の中でまぶしく光るスクリーン、多くの夢がかなう空間がとても懐かしかった」とし「その空間にまた観客が訪れて希望と夢を見つけ、新しい人生を経験する時間が早く来ることを、切に願っている」と述べた。

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