“永遠の現役”の俳優イ・スンジェ、「既成世代が若者の将来を邪魔してはいけない」

2023年01月24日

90歳を目前にした“国民的俳優”イ・スンジェ(88)のよどみのない言葉からは、若々しさが感じられた。
90年代序盤の人気ドラマで演じた父親の姿や、2000年代の人気シチュエーションコメディで見せた活気あふれる姿そのままを見るようだった。
昨年、ランニングタイム3時間を超えるシェイクスピアの大作「リア王」で主役のリア王を熱演し、88という年齢をものともしなかった彼が、今度はロシアの文豪アントン·チェーホフの戯曲「かもめ」で演出者と役者の双方を担う。
彼は、キム・スロや、ソ・ユジン、イ・ハンナ、カン・ソンジンなど後輩俳優たちと共に登壇。
特別な健康維持の秘訣もなく、毎朝起きてやるべきことをやるだけだというこの“永遠の現役俳優”に最近、ソウル・広津(クァンジン)区のユニバーサルアートセンターで会った。
1時間半あまり続いた対話でイ・スンジェは、韓国をはじめイギリスやロシアなど、ヨーロッパの劇芸術や映画、歴史全般について語った。依然として知的な好奇心に満ちた彼のまなざしは、以前出演していた旅バラエティ番組で見せた海外の旅行地を歩き回る姿を思い出させた。
彼は、演技を生業とする後輩たちについて、「外見が秀でた“モデルスター”に終わるのではなく、絶え間ない勉強と鍛錬を通じて真の俳優にならなければならない」と強調した。また、若者たちから無限の可能性と希望を感じるという彼は、「既成世代は、後輩たちに自分のやり方を強要するのではなく、ただ黙々と背中を押してあげなければならない」と苦言を呈した。
以下、一問一答
―現在、公演している「かもめ」はどんな作品?
▲ アントン·チェーホフはロシアの大文豪なので、これ以上付け加えることはないが、この作品の中には、哲学と深い思想がある。背景は帝政ロシア末期で、若者が暗い未来に絶望するなど、社会的に最悪の時期だった。当代の知性人チェーホフが「これはだめだ。改めなければ民衆が生きていけない」と、骨身にしみて感じ、体制改革に対する思いをこの作品に込めた。ある家族とその周辺の人物たちを通じて、時代精神を見せてくれた。深く勉強しなければならない作品だ。原典からセリフ一言までも、棄損してはならないという思い、原作通りにやってみた。実力のある後輩俳優たちといつか絶対やってみたいと思っていたが、このように舞台に上がることになった。
―この作品が今われわれに与える意味は何か?
▲ チェーホフがこの作品を書いたときと、今のわれわれの状況には違いがある。それでも青年の就職難や、既成世代との衝突などの問題が常にある。「かもめ」は、偉大な作家になるという夢、俳優になるという夢を見た青年たちが、結局、既成世代の抑圧と欲で挫折するという話だ。私がいつも言っているのは、われわれ既成世代が若者たちの夢を汚染させないようにしようということだ。最近の若者たちは、身体、容姿、頭脳いずれもわれわれとはまったく違う。世界の一流が韓国から出ている。われわれの大衆文化も世界に認められ始め、潜在的な力が発揮されている。このような若者たちの力を発展させ、夢を実現する環境と条件を作ってあげるのが既成世代の責任だと思う。
―今のような“韓流”を若い頃に予想していた?
▲予想できなかった。韓国は、歴史的にも公演分野において後れを取っていた。イギリスにはシェイクスピアがいたし、古代ギリシャの悲劇など、ヨーロッパは公演文化の源流だ。日本には歌舞伎が、中国には京劇があった。残念ながら韓国は、1904年以降から公演文化が本格的に始まった。映画においても60年から70年代には、ユ・ヒョンモクや、イ・マンヒ、キム・スヨン、シン・サンオクなど、実力派の監督たちが多かったが、当時は「自分たちなんて…」と自ら身を引いていた。映画制作者たちも、韓国国内市場に集中し、映画を金儲けの手段としてだけ考えていた時代だった。社会はわれわれを“タンタラ(芸能人を見下して呼ぶ言葉)”だとバカにしていた。世界を見据えて、積極的に挑戦するという雰囲気ではなかった。それでもイム・グォンテク監督など、立派な監督たちは続々と輩出されていたが…。その当時に、もう少し果敢に自信をもって世界舞台に挑戦していたら、という心残りがある。ところが今は韓流が世界に広がり、誰でも一度は挑戦できるようになったと思う。本当にすごいことだ。
―後輩たちが十分な実力を持っていると思うか?
▲ 当然思う。昔だったら、3カ月間みっちり練習してやっとできていたことが、最近の若者は1カ月あれば十分できる。昔は、われわれの頭が悪くて、そうはいかなかった。私は嘉泉(カチョン)大学の演技芸術学科で碩座教授としても教えており、学生たちと演劇の授業をすることがあるのだが、学生たちの演技はプロの演技と遜色ない。学生たちはとてもよく授業についてくる。今も見てほしい。チン・ジヒのような若い人たちが、舞台でどれほど実力を発揮していることか。
―それでも後輩たちの演技に、惜しいと思うことはある?
▲ 俳優たちが、あまりにも早くある程度のレベルに達してしまうと、そこに安住してしまいがち。それが全てだと思ってはいけない。一段階突き抜けて、さらに上がろうとする努力があってこそ、世界的なレベルに跳躍することができる。プロセスは苦痛だが、克服する必要がある。いわゆる“スター”たちと作業していると、少し残念に思うときがある。お金をたくさん稼ぎ、誰の目から見てもスターになったが、はたから見ていると、「もう少し頑張れば、もっと良い俳優になるのに」と思ったりする。ある俳優と作品を一緒にやった際、彼に「これが終わったら何をするのか?」と聞いたら、ただ言葉もなく笑っていたことがあった。それで「お金はたくさん稼いだだろう?しかし、今のあなたは“モデルスター”だ。休んでアメリカでアクターズスタジオのようなプロの演技学校に行き演技の勉強をし、英語も勉強したらいいのでは?そんな努力をしてこそ初めて“モデルスター”から“アクティングスター”になれる。“錦上に花を添えたらいいじゃないか」と話したことがある。ここで言う“モデルスター”は、演技を芸術の境地に引き上げることができなかったスターのことを言っている。毎日オシャレにしているのが俳優ではなく、役にためにいつも変身するのが俳優だ。自分の演技に対して自分で判断できない俳優は、空っぽだ。私の演技経歴は60年になったが、これまで周りで浮かんで消えた俳優は数百人にものぼる。絶えず自己鍛錬をしてこそ生き残れる。しかし、最近の後輩たちはみんな頭がいいので、こういうことをしっかり理解している。
―演技が素晴らしいと思う俳優は誰?
▲ スターの中にも演技を芸術的境地に引き上げた俳優たちがいる。ソン・ガンホやチェ・ミンシクのような…。彼らは、俳優であり職人だと思う。ソン・ガンホについては、映画『シークレット・サンシャイン』を見て、「この人は本当によい俳優だな」と感じた。劇中の自分の役のポジションを正確に理解し、硬く節制する演技が本当によかった。またドラマで共演したときにキム・ミョンミンに初めて会ったが、第一印象は“手ごわい”だった。演技も自分なりに設定しており、それをうまくこなしていた。彼に「君はこれ(俳優)を一生やれ」と言った。それ以降、ミョンミンが映画に出たら必ず見に行くようにしている。私とは演劇「アンリおじいさんと私」で共演し、映画『パラサイト 半地下の家族』に出演したパク・ソダムや、今回の「かもめ」を一緒に演じているイ・ハンナのような人たちも演技が本当に上手だ。
―最近、80代のベテラン俳優たちが演劇の舞台に戻ってきて闘魂を燃やす姿が多く見られる。舞台の魅力とは?
▲ 演技の基本であり土台。映画やテレビで主に活躍し売れている俳優がいるが、少なくともこのような1時間以上の舞台を経験してみなければならないと思う。それでこそ、自分の演技力の限界を感じ、新たに努力し発展すると思う。シン・グさんも今、舞台に立っているが、彼も私も同じ考えだ。われわれ2人がもし華やかなスターになりトップに上り詰めていたとしたら、おそらくうぬぼれてそこに埋没していたかもしれない。しかし、われわれはいつも自分の演技に足りなさを覚えてきたのだ。そんな意味で演劇舞台は俳優として必ず経験する必要があると思う。われわれの時代は演劇が始まると、国語辞典を開いて発音の勉強から始めていた。今は立派な演出家たちも多く、挑戦するには条件がそろっている。
―演技の道の他に、しばらく国会議員(14代)として活動しながら政治も経験したが、後悔はなかったか?また政治家や国家指導者たちに望むことはあるか?
▲ 後悔はない。よい経験をしたと思う。昨年、「リア王」をやったが、最後のセリフの中にこんな言葉があった。「私はこれまであなたたちに対して、あまりにも無関心だった。金持ちよ、貧乏人の苦痛を自ら経験してみよ。そしてあふれるものを彼らと分かち合い、空の正義を実践しよう」。これが核心で、国を治める者の道理だ。底に降りてこそ国民を理解できる。政権を握って国家を運営する人々は、頂上だけを見てはいけない。あの底に降りて、人を見て一緒に引き上げなければならない。
―90歳を目前に控えた年齢が信じられないほどに元気そうだが、特別な秘訣でもあるのか?
▲ そういうものはない。今の私を見ると元気そうに見えるかもしれないが、家に帰るとあちこちが痛くて疲れる。しかし、やらなければならない課題があるので、また出てきてやる。自分に与えられた課題に対する責任感、それをきちんと遂行しなければならないという義務感のようなもののために、日々やっていくのだ。この公演が終わればまた、3月から4月には映画を1本撮らなければならない。6月には演劇「リア王」の舞台を再び上げ、その後、ドラマを1本やる。こんなふうにやるべきことがずっとあるので、病気になりたくてもなれない。ただひたすら動かなければならない。動かずに、「年を取ったから」と言っていたら、完全に床にふすことになると思う。力がある限り演技は続けるつもり。できなくなるときがきたら、仕方がない。
―旧正月を控えて国民たちに励ましの一言を…
▲ 新年は、過去を反省したり、至らなかった部分を振り返ったりするきっかけになる。これまで新型コロナウイルス感染症やいろいろな困難が多かったが、目の前が大変でも歴史は発展するようになっていると思う。特に若者たちに話したいことは、われわれはペットではないということ。親の愛情を受けるためだけにこの世に生まれたわけではない。われわれがこの世に存在することの意味をよく考えなければならない。昔とは違い、今の若者たちには可能性がたくさんある。自分がこれから何をするかを考えて重要な選択をしなければならない。そして、いったん道を決めたら根気強く頑張って。既成世代は、後ろで黙々と助けるべきだ。干渉せず、先を行く若い世代を時代遅れの思考で邪魔してはいけない。ただ、若者たちに3食しっかりと与え、夢を広げる環境と条件をきちんと整えてあげることに力を入れなければならない。

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