シティポップ職人キム・ヒョンチョル、「音楽には余白が必要」

2023年03月02日

「音楽に詰めることができる感情が100とするなら、歌手は70ほどを詰めるのがちょうどいいと思う。音楽には、リスナーが聴き話題に出すことによって完成される感情的な余白がなければならない」
あどけない顔で歌を始めた青年が、いつのまにかベテラン歌手になった。その間、音楽に余白を作ることができるほどの実力も上げた。
最近、ソウル・麻浦 (マポ)区 上岩 (サンアム)洞にあるカフェで会った歌手兼プロデューサーのキム・ヒョンチョルの顔からは、彼の音楽のように余裕と穏やかさが見えた。
彼が今月17~18日にソウル・大学路のThe good theaterで開く公演のコンセプトも「平安」だ。
キム・ヒョンチョルは、「“平安”とは、強制から自由になる状態」だと語った。リスナーに無理矢理感動を与えて飾るのではなく、歌う者と聴く者が共にリラックスできるようにとの思いを込めた。
「若い頃は、音楽で成功したフリをしようとしていた。あざとい歌詞を書いたりもした。実力も追い付いてないのに、自分で“理想的なキム・ヒョンチョル”を決め、それを表現しようとしていた」
彼は、韓国シティポップの「職人」という修飾語からも自由になろうとしている。
シティポップは、ジャンルというより、1980年代の日本のバブル経済時代に流行した都会的な雰囲気の音楽のことを指す。
1989年の1stフルアルバムからキム・ヒョンチョルの音楽は、ソウル、パンク、フュージョンジャズを基盤にしたスタイリッシュなサウンド、モダンな編曲、韓国的感性が組み合わさった絶妙なバランスが目立つようになった。「It’s Been A While」、「Fairly」、「What's the matter」、「Moonset」など、これまでの30年間でリリースした音楽は、シティポップの源として若い世代に注目された。
彼は、「シティポップという言葉に縛られたくない」とし、「修飾語は、対象をその単語に限定するので、平安とはかけ離れている」と強調。
「例えば、ある俳優に“世界一のイケメン俳優”という修飾語がつくと聞こえはいいが、彼はイケメン役だけをしなければならなくなる。それをしたくない」
音楽の中で、自分を飾らなければならないという疲弊感は、キム・ヒョンチョルが長い空白期を持った理由の一つでもある。彼は、2006年に9thフルアルバムをリリース。その後10thフルアルバムを出すまで実に13年の歳月がかかった。
「当時は“ずっとこのままなら、いつまでたってもアルバムを出せないかもしれない”と思った。しかし、小さなきっかけがあって再び音楽を始めることになった。 (歌手) Georgeさんが私の音楽をリメイクしたおかげで、また音楽が面白いと感じるようになった」
長い空白期を終え、カムバックした彼は、率直で飾らないサウンドを届けた。昨年は、単に自分がもう一度聴きたいという理由だけで、大衆音楽発掘プロジェクト「フォークソング大百科」を行い、YouTubeで配信。クォン・イナやキム・ジョンチャンの楽曲をリメイクし披露した。
キム・ヒョンチョルは「私が本当に好きな楽曲のリメイクバージョンがなかったので、“自分だけでもやってみよう”という気持ちだった」とプロジェクトの背景を明かした。
キム・ヒョンチョルは、今年6月には「雨」をコンセプトにした新曲4曲が入ったミニアルバムをLPバージョンで発売すると語った。音楽がオンラインストリーミングで消費される今、ターンテーブルが必要なLPを選んだ理由は何なのだろうか。
キム・ヒョンチョルは、「LPを操作する細かな過程が、美学的にも、工学的にも非常に美しいからだ」と説明。
「LPを取り出して拭き、ターンテーブルをセッティングしてLPをそっと載せる過程を経て、音楽を聴くという行為は、一種のセレモニー (儀式)のようだ。昔はみんなそうやって音楽を聴いていた。だからこそ当時は、もっと音楽が貴重なものだったのではないだろうか」
キム・ヒョンチョルの夢は、単にアナログスタイルの回帰ではなく、デジタルとアナログの美しい共存だ。
「私の音楽が“葉っぱ”だとするなら、先輩方の音楽スタイルは“根っこ”だ。そこから養分を得て、デジタル化された今の音楽が開花するのだ。花が長く咲くためにも、根っこがもっと丈夫だったらと思う」

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