大人に向けた鋭いむち…映画『マッコリが教えてくれる』
2024年02月19日

「ハゲって英語で何という?」
食事をする父親の後頭部を注意深く見つめていたドンチュン(パク・ナウン)が母親に尋ねる。母親のヘジン(パク・ヒョジュ)はスプーンを乱暴に置いて真剣な顔で話す。
「うちのドンチュンが英語幼稚園に行く時が来たわね」
キム・ダミン監督が演出した映画『マッコリが教えてくれる(原題:막걸리가 알려줄거야)』の主人公ドンチュンの人生は、この時から苦しくなる。両親は小学校に入学もしていない娘を殺伐とした私教育現場に押し入れる。ドンチュンは国語・英語・数学はもちろん、美術、テコンドー、論述、韓国史の塾をぐるぐる回って夜遅く帰宅し、帰れば宿題をするのに忙しい。
寝る時間に寝られず背が伸びないので、母親は“背が高くなる病院”に子どもを連れていく。ドンチュンには成長さえも成し遂げなければならない課題だ。
彼女に付きまとう質問がひとつ。
「一体、これをなぜやらなければならないの?どうしてこんなふうに生きなければならないの?」
しかしはっきりと答えてくれる大人はいない。実は母親や父親も、先生も正確な理由が分からない。自分たちもやはり誰かが生きろという通りに生きてきたからだ。
ドンチュンが正解を知る機会は思いがけずやってくる。修学旅行に行って発見したマッコリ1本を家に持って帰ってきてからだ。
静かに発酵中だったマッコリはある日から気泡を出し始める。平凡な子どもなら何気なく見過ごすかもしれないが、私教育で鍛えられたドンチュンはこの音がペルシア語をモールス信号に変換した信号だということに気付く。
映画はドンチュンが神秘的なマッコリに出会い、人生の理由を悟るようになる過程をロードムービー形式で見せる。
マッコリと意思疎通をして、人形のトルブクとソンイが秘密の友だちとして出てくるなど、非現実的設定が多く、一見ファンタジーものやドンチュンの想像の中の話に見えるかもしれない。
しかしこの作品は、韓国の子どもたちの“笑えるけど悲しい”現実を反映したブラックコメディーに近い。
劇中、子どもたちが生きていく日常はファンタジーではなく、実際に起きていることだ。第三者の見方ではマッコリと人形が話をすることより、11歳の子どもが微積分を学ぶことのほうがより非現実的なことかもしれない。
映画は激しい叱責の代わりに、ユーモアと風刺を通じて大人たちの両親をチクチクとつく方法を使う。ところどころにコミカルな要素を配置し、いわゆる“B級感性”を活用するが、その中には大人たちに伝えるしっかりした呼びかけがある。
鋭い監督のむちは、結末になるとさらに痛く感じる。ドンチュンのセリフのように「あり得ない」ことを子どもたちに強要しているということを、改めて悟らせるからだ。
キム監督はマッコリ、ペルシア語、モールス符号、塾、宇宙などとうていひとつに混ざらないような素材を巧みに組み合わせて、独特ながらも重い作品を作り出した。
彼女の長編デビュー作であるこの映画は、「第28回釜山国際映画祭」でオーロラメディア賞を受賞し、4回目の上映会が売り切れるなど、評壇と観客の視線をとりこにした。彼女は最近、世界的にヒット中のNetflixシリーズ「殺人者のパラドックス」の脚本家でもある。
映画『マッコリが教えてくれる』は、28日に韓国で公開され、上映時間は91分、年齢制限は全体観覧可だ。
